でも曳《ひ》ける丈《だけ》曳《ひ》くべ」勘次《かんじ》はおつぎを連《つ》れて出《で》た。冬至《とうじ》になるまで畑《はたけ》の菜《な》を打棄《うつちや》つて置《お》くものは村《むら》には一人《ひとり》もないのであつた。勘次《かんじ》は荷車《にぐるま》を借《か》りて黄昏《ひくれ》までに二|車《くるま》挽《ひ》いた。青菜《あをな》の下葉《したば》はもうよく/\黄色《きいろ》に枯《か》れて居《ゐ》た。お品《しな》は二人《ふたり》を出《だ》し薄暗《うすぐら》くなつた家《いへ》にぼつさりして居《ゐ》ても畑《はたけ》の收穫《しうくわく》を思案《しあん》して寂《さび》しい不足《ふそく》を感《かん》じはしなかつた。
 夏季《かき》の忙《いそが》しいさうして野菜《やさい》の缺乏《けつばふ》した時《とき》には彼等《かれら》の唯一《ゆゐいつ》の副食物《ふくしよくぶつ》が鹽《しほ》を噛《か》むやうな漬物《つけもの》に限《かぎ》られて居《ゐ》るので、大根《だいこ》でも青菜《あをな》でも比較的《ひかくてき》餘計《よけい》な蓄《たくは》へをすることが彼等《かれら》には重大《ぢゆうだい》な條件《でうけん》の一《ひと》つに成《な》つてるのである。
 冬至《とうじ》の日《ひ》も靜《しづ》かであつた。此《こ》の頃《ごろ》になつてから此處《ここ》ばかりは忘《わす》れたかと思《おも》ふやうに西風《にしかぜ》が止《や》んで居《ゐ》る。晝《ひる》の一《ひと》しきりは冷《つめ》たい空氣《くうき》を透《とほ》して日《ひ》が暖《あたゝ》かに射《さ》し掛《か》けた。お品《しな》は朝《あさ》から心持《こゝろもち》が晴々《はれ/″\》して日《ひ》が昇《のぼ》るに連《つ》れて蒲團《ふとん》へ起《お》き直《なほ》つて見《み》たが、身體《からだ》が力《ちから》の無《な》いながらに妙《めう》に輕《かる》く成《な》つたことを感《かん》じた。自分《じぶん》の蒲團《ふとん》の側《そば》まで射《さ》し込《こ》む日《ひ》に誘《さそ》ひ出《だ》されたやうに、雨戸《あまど》の閾際《しきゐぎは》まで出《で》て與吉《よきち》を抱《だ》いては倒《たふ》して見《み》たり、擽《くすぐ》つて見《み》たりして騷《さわ》がした。
 勘次《かんじ》はおつぎを相手《あひて》に井戸端《ゐどばた》で青菜《あをな》の始末《しまつ》をして居《ゐ》る。根《ね》を切《き》つて
前へ 次へ
全478ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング