うに見《み》えた。其《そ》の一|杯《ぱい》に開《ひら》いた皿《さら》の樣《やう》な花《はな》が庭先《にはさき》からいつでも冷《ひやゝ》かな三|人《にん》を嘲《あざけ》るものゝやうに見《み》えるのであつた。
 竹《たけ》の棒《ぼう》はぎつと突《つ》き透《とほ》した儘《まゝ》いつまでも空《むな》しく鳳仙花《ほうせんくわ》の傍《そば》に立《た》つて居《ゐ》た。

         二〇

 秋《あき》だ。
 孰《いづ》れの梢《こずゑ》も繁茂《はんも》する力《ちから》が其《そ》の極度《きよくど》に達《たつ》して其處《そこ》に凋落《てうらく》の俤《おもかげ》が微《かす》かに浮《うか》んだ。毎日《まいにち》透徹《とうてつ》した空《そら》をぢり/\と軋《きし》りながら高熱《かうねつ》を放射《はうしや》しつゝあつた日《ひ》も餘《あま》りに長《なが》い晝《ひる》の時間《じかん》に倦《う》まうとして、空《そら》からさうして地上《ちじやう》の凡《すべ》てが漸《やうや》く變調《へんてう》を呈《てい》した。心《こゝろ》もとなげな雲《くも》が簇々《むら/\》と南《みなみ》から駈《か》け走《はし》つて、其《その》度《たび》毎《ごと》に驟雨《しうう》をざあと斜《なゝめ》に注《そゝ》ぐ。雨《あめ》は畑《はた》の乾《かわ》いた土《つち》にまぶれて、軈《やが》て飛沫《しぶき》を作物《さくもつ》の下葉《したば》に蹴《け》つて、更《さら》に濁水《だくすゐ》が白《しろ》い泡《あわ》を乘《の》せつゝ低《ひく》きを求《もと》めて去《さ》つた。それも僅《わづか》に桑《くは》の木《き》へ絡《から》んだ晝顏《ひるがほ》の花《はな》に一|杯《ぱい》の量《りやう》を注《そゝ》いでは慌《あわ》てゝ疾驅《しつく》しつゝからりと熱《ねつ》した空《そら》が拭《ぬぐ》はれることも有《あ》るのであるが、驟雨《しうう》は後《あと》から後《あと》からと驅《か》つて來《く》るので曉《あかつき》の白《しら》まぬうちから麥《むぎ》を搗《つ》いて庭《には》一|杯《ぱい》に筵《むしろ》を干《ほし》た百姓《ひやくしやう》をどうかすると五月蠅《うるさ》く苛《いぢ》めた。土地《とち》でいふ其《そ》の降《ふ》つ掛《か》けは一|日《にち》で止《や》まねば三|日《か》とか五|日《か》とか必《かなら》ず奇數《きすう》の日《ひ》で畢《をは》つた。降《ふ》つ掛《か》
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