》は自分《じぶん》で炊事《すゐじ》をするのは時間《じかん》が酷《ひど》く惜《を》しくも成《な》つたり、面倒《めんだう》にも成《な》つたり、唯《たゞ》獨《ひとり》のみで※[#「煢−冖」、第4水準2−79−80]然《ぽつさり》として居《ゐ》ると情《なさけ》なくもなつたりするので、平生《へいぜい》は再《ふたゝ》び一同《みんな》と一|緒《しよ》に箸《はし》を執《と》ることにしたのである。彼《かれ》はおつぎがはき/\と一言《ひとこと》でもいうて呉《く》れる毎《ごと》に其《そ》の僻《ひが》まうとする心《こゝろ》がどれ程《ほど》和《やはら》げられるか知《し》れないのである。彼《かれ》は草鞋《わらぢ》を作《つく》るとて四|筋《すぢ》の竪繩《たてなは》に軟《やはら》かな藁《わら》をうね/\と透《とほ》しては其《そ》の繩《なは》の間《あひだ》に指《ゆび》を入《い》れてぎつと前《まへ》へ引《ひ》き緊《し》める微《かす》かな運動《うんどう》の間《あひだ》にも彼《かれ》は勘次《かんじ》に對《たい》して口《くち》にも擧動《きよどう》にも出《だ》せぬ忌々敷《いま/\し》さが心《こゝろ》の底《そこ》に勃々《むか/\》と首《くび》を擡《もた》げ始《はじ》めることもあるのであつたが、おつぎの言辭《ことば》はいつでも其《そ》の火《ひ》を消《け》し止《と》める一|杯《ぱい》の水《みづ》なのであつた。おつぎはどうかすると目《め》の邊《へん》に在《あ》る雀斑《そばかす》が一|種《しゆ》の嬌態《しな》を作《つく》つて甘《あま》えたやうな口《くち》の利方《きゝかた》をするのであつた。
 おつぎは勘次《かんじ》の居《ゐ》ない時《とき》は牝鷄《めんどり》が消魂《けたゝま》しく鳴《な》いて出《で》れば直《す》ぐに塒《とや》を覗《のぞ》いて暖《あたゝ》かい卵《たまご》の一《ひと》つを採《と》つて卯平《うへい》の筵《むしろ》へ轉《ころ》がしてやることもあつた。おつぎは勘次《かんじ》の敏捷《びんせふ》な目《め》を欺《あざむ》くには此《これ》だけの深《ふか》い注意《ちうい》を拂《はら》はなければならなかつた。それも稀《まれ》なことで數《かず》は必《かなら》ず一《ひと》つに限《かぎ》られて居《ゐ》た。然《しか》し卯平《うへい》は其《そ》の僅少《きんせう》な厚意《こうい》に對《たい》して窪《くぼ》んだ茶色《ちやいろ》の眼《め》を蹙
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