ることがある。横《よこ》に轉《ころ》がした臼《うす》を前《まへ》に据《す》ゑて小麥《こむぎ》を攫《つか》んでは穗先《ほさき》を其《そ》の臼《うす》の腹《はら》に叩《たゝ》きつけると種《たね》がぼろ/\と向《むかふ》へ落《お》ちる。のつそりとして悠長《いうちやう》な卯平《うへい》は壯時《さうじ》に熟《じゆく》して居《ゐ》た仕事《しごと》の呼吸《こきふ》で大《おほ》きな手《て》が肩《かた》から打《う》ち下《おろ》す時《とき》、まだ相當《さうたう》に捗《はか》どるのであつた。彼《かれ》は恁《か》うしてぐる/\と傭《やと》はれて歩《ある》きながら綺麗《きれい》な花《はな》が咲《さ》いて居《ゐ》るのを見《み》ると種《たね》を貰《もら》つたり根分《ねわ》けをして貰《もら》つたりして庭先《にはさき》の栗《くり》の木《き》の側《そば》や井戸端《ゐどばた》に近《ちか》く植《う》ゑた。
 彼《かれ》は忙《いそが》しい仕事《しごと》が畢《しまひ》になつた時《とき》即《すなは》ち稻刈《いねかり》から稻扱《いねこき》からさうして籾《もみ》すりも濟《す》んで彼《かれ》が得意《とくい》の俵編《たわらあ》みもなくなつて、世間《せけん》がげつそりと寂《さび》しく沈《しづ》んだ時《とき》に彼《かれ》は急《きふ》に勘次《かんじ》と別《べつ》な住《す》まひが仕《し》たくなつた。彼《かれ》は少《すこ》しばかり餘《あま》してあつた蓄《たくは》へから蝕《むしくひ》でも何《なん》でも柱《はしら》になる木《き》やら粟幹《あはがら》やらを求《もと》めて、家《いへ》の横手《よこて》へ小《ちひ》さな二|間《けん》四|方《はう》位《ぐらゐ》な掘立小屋《ほつたてごや》を建《た》てる計畫《けいくわく》をした。彼《かれ》は寒《さむ》い西風《にしかぜ》を厭《いと》うて殆《ほとん》ど勘次《かんじ》の家《うち》と相《あひ》接《せつ》して東脇《ひがしわき》へ建《たて》ようとした。勘次《かんじ》は固《もと》より自分《じぶん》の懷《ふところ》が目《め》に見《み》えて減《へ》るのでもなし、それに就《つい》ては決《けつ》して陰《かげ》で呟《つぶや》くことはなかつた。簡單《かんたん》な普請《ふしん》には大工《だいく》が少《すこ》し鑿《のみ》を使《つか》つた丈《だけ》で其《その》他《た》は近所《きんじよ》の人々《ひと/″\》が手傳《てつだ》つたので
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