んぢや爺《ぢい》がんだつけなあそら、どうして袋《ふくろ》さなんぞ入《せ》えてたんでえ爺《ぢい》は」おつぎは事《こと》もなげにいつた。
「蕎麥《そば》ツ掻《かき》でもしたらよかつぺつてお内儀《かみ》さん出《だ》したつけのよ」卯平《うへい》は舊《もと》の位置《ゐち》に坐《すわ》つていつた。
「さうかあ、そんぢや惡《わる》かつたつけな爺《ぢい》そんぢや俺《お》れ今《いま》入《せ》えてやつかんなよ」おつぎは勘次《かんじ》が寢《ね》る壁際《かべぎは》の桶《をけ》から先刻《さつき》のよりは遙《はる》かに多量《たりやう》を袋《ふくろ》へ入《い》れてやつた。さうしておつぎは勘次《かんじ》を尻目《しりめ》で見《み》た。卯平《うへい》は復《ま》た蕎麥掻《そばがき》を拵《こしら》へた。
「俺《お》れ注《つ》いでやつべか爺《ぢい》」火鉢《ひばち》の側《そば》に居《ゐ》た與吉《よきち》は藥罐《やくわん》へ手《て》を掛《か》けた。卯平《うへい》は與吉《よきち》のするが儘《まゝ》に任《まか》せた。卯平《うへい》は比較的《ひかくてき》悠長《いうちやう》に茶碗《ちやわん》を箸《はし》で掻《か》き交《ま》ぜた。
「出來《でき》たかあ」與吉《よきち》は卯平《うへい》の腕《うで》へ小《ちひ》さな手《て》を掛《か》けて覗《のぞ》く樣《やう》にしていつた。
「よき、何《なん》でえ汝《わ》りや、お飯《まんま》くつたばかしで」おつぎは與吉《よきち》を叱《しか》つた。
「汝《われ》も喰《く》へ」卯平《うへい》は蕎麥掻《そばがき》を分《わ》けてやつた。彼《かれ》はさうして更《さら》に後《あと》の一|杯《ぱい》を喫《きつ》して其《その》茶碗《ちやわん》へ湯《ゆ》を汲《く》んで飮《の》んだ。藥罐《やくわん》は輕《かる》くなつた。勘次《かんじ》は冷《つめ》たい手《て》を火《ひ》にも翳《かざ》さないで殊更《ことさら》に遠《とほ》く卯平《うへい》の側《そば》を離《はな》れて蹙《しか》めた酷《ひど》い顏《かほ》に恐怖《きようふ》の相《さう》を表《あら》はして唯《たゞ》凝然《ぢつ》と默《だま》つて居《ゐ》た。冷《つめ》たい三|人《にん》は夜《よる》の温度《をんど》のしん/\と降下《かうか》しつゝあるのを感《かん》じた。
一八
卯平《うへい》は久振《ひさしぶり》で故郷《こきやう》に歳《とし》を迎《むか》へた。
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