ら彼《かれ》は草鞋《わらぢ》をとつた。乾《かわ》いた道《みち》を歩《ある》いて來《き》たので幾《いく》らも汚《よご》れない足《あし》の底《そこ》を二三|度《ど》づゝ手《て》でこすつて座敷《ざしき》へ上《あが》つた。
 勘次《かんじ》は南《みなみ》の風呂《ふろ》へ行《い》つて居《ゐ》た。彼《かれ》は晝《ひる》は寸暇《すんか》をも惜《をし》んで勞働《らうどう》をするので一つには其《そ》れが夜《よ》なべの仕事《しごと》を勵《はげ》み得《え》ない程《ほど》の疲勞《ひらう》を覺《おぼ》えしめて居《ゐ》るのでもあるが、少《すこ》し懷《ふところ》が窮屈《きうくつ》でなくなつてからは長《なが》い夜《よ》の休憇時間《きうけいじかん》には滅多《めつた》に繩《なは》を綯《な》ふこともなく風呂《ふろ》に行《い》つては能《よ》く噺《はなし》をしながら出殼《でがら》の茶《ちや》を啜《すゝ》つた。
 其《その》夜《よ》與吉《よきち》は南《みなみ》の女房《にようばう》から薄荷《はくか》の入《はひ》つた駄菓子《だぐわし》を二つばかり貰《もら》つた。裏《うら》の垣根《かきね》から桑畑《くはばたけ》を越《こ》えて歩《ある》きながら與吉《よきち》は菓子《くわし》を舐《しやぶ》つた。
「どれ、俺《おれ》げもちつと出《だし》て見《み》ねえか」おつぎは與吉《よきち》の手《て》から少《すこ》し缺《か》いて自分《じぶん》の口《くち》へ入《い》れた。
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、241−12]《ねえ》は大《え》かくおつ缺《け》えちや厭《や》だぞう」與吉《よきち》は懸念《けねん》していふと
「おゝ薄荷《はくか》だこら、口《くち》ん中《なか》すう/\すら、おとつゝあげも遣《や》つて見《み》ろ」おつぎは又《ま》た菓子《くわし》へ手《て》を掛《か》けようとすると
「えゝから、よきげ嘗《な》めさせろ」勘次《かんじ》はおつぎを制《せい》した。三|人《にん》は他人《ひと》の目《め》が開《あ》いてない闇夜《やみよ》の小徑《こみち》を恁《か》うして自分《じぶん》の庭《には》へ戻《もど》つた。
「どうしたんだんべ、おとつゝあ」おつぎは戸《と》の隙間《すきま》から射《さ》す明《あか》りを見《み》て俄《にはか》に立《た》ち止《どま》つていつた。勘次《かんじ》は竦《すく》んだやうに成《な》つて默《だま
前へ 次へ
全478ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング