來《でき》るだけ務《つと》めた。出代《でがはり》の季節《きせつ》が來《き》た時《とき》彼《かれ》はまた頻《しき》りに惑《まど》うたが、どうも其處《そこ》を立《た》つて畢《しま》ふのが惜《を》しい心持《こゝろもち》もするし、逡巡《しりごみ》して復《ま》た居据《ゐすわ》りになつた。郷里《きやうり》から來《き》たものに聞《き》いて彼《かれ》は勘次《かんじ》が次第《しだい》に順境《じゆんきやう》に赴《おもむ》きつゝあることを知《し》つた。彼《かれ》は心《こゝろ》が復《ま》た動搖《どうえう》して脆《もろ》く成《な》つた心《こゝろ》が酷《ひど》く哀《あはれ》つぽく情《なさけ》なくなつた。然《しか》し長《なが》い間《あひだ》機嫌《きげん》を損《そこ》ね合《あ》うた勘次《かんじ》の許《もと》へ歸《かへ》るのには彼《かれ》は空手《からて》ではならぬといふことを深《ふか》く念《ねん》とした。彼《かれ》は夫《それ》からといふもの成《な》るべくコツプ酒《ざけ》も節制《せつせい》して懷《ふところ》を暖《あたゝ》めようとした。從來《じうらい》彼《かれ》が遠《とほ》く奉公《ほうこう》に出《で》て居《ゐ》て幾《いく》らでも慰藉《ゐしや》の途《みち》を發見《はつけん》して居《ゐ》たのは割合《わりあひ》に暖《あたゝ》かな懷《ふところ》を殆《ほと》んど費《つひや》しつゝあつたからである。それで彼《かれ》は今《いま》さう氣《き》がついて見《み》ても身體《からだ》の養生《やうじやう》をしなくてはならぬといふことが一|方《ぱう》に有《あ》るのでそれが思《おも》ふ程《ほど》にはいかなかつた。さういふ心配《しんぱい》が又《また》春《はる》も暖《あたゝ》かに成《な》つて病氣《びやうき》を忘《わす》れると歸《かへ》ることも其《そ》の儘《まゝ》に消滅《せうめつ》して畢《しま》ふのである。然《しか》しどう我慢《がまん》をして見《み》ても後《あと》幾年《いくねん》も勤《つと》まらないといふことを周圍《しうゐ》の人《ひと》も見《み》て居《ゐ》るのである。殊《こと》に永《なが》い間《あひだ》野田《のだ》へ身上《しんしやう》を持《も》つて近所《きんじよ》の藏《くら》の親方《おやかた》をして居《ゐ》るのが郷里《きやうり》の近《ちか》くから出《で》たので自然《しぜん》知合《しりあひ》であつたが、それが卯平《うへい》に引退《いんたい》
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