だんべ兼《かね》さんは、他人《ひと》のこと本當《ほんたう》に」とおつぎは手桶《てをけ》を置《お》いて水《みづ》に泛《うか》んだ青《あを》い※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》を兼《かね》博勞《ばくらう》へ投《な》げた。
「兼《かね》さんすつかり惚《ほれ》られつちやつた」と風呂桶《ふろをけ》の傍《そば》からいつた。おつぎは顏《かほ》を赧《あか》くして慌《あわたゞ》しく手桶《てをけ》を持《も》つて遁《に》げた。一|杯《ぱい》に汲《く》んだ手桶《てをけ》の水《みづ》が少《すこ》し波立《なみだ》つて滾《こぼ》れた。風呂桶《ふろをけ》の傍《そば》では四十五十に成《な》る百姓《ひやくしやう》も居《ゐ》て一同《みんな》が愉快相《ゆくわいさう》にどよめいた。おつぎが手桶《てをけ》を持《も》つた時《とき》勘次《かんじ》は裏戸《うらど》の垣根口《かきねぐち》にひよつこりと出《で》た。彼《かれ》は衣物《きもの》を換《か》へに桑畑《くはばたけ》の小徑《こみち》を越《こ》えて自分《じぶん》の家《うち》へ行《い》つたのであつた。彼《かれ》は風呂《ふろ》の側《そば》の騷《さわ》ぎをちらと耳《みゝ》にしてそれからおつぎの後姿《うしろすがた》を目《め》にしたので怪訝《けげん》な容子《ようす》をして庭《には》にはひつて來《き》た。一|同《どう》は打合《うちあは》せた樣《やう》に默《もく》して畢《しま》つた。
落《お》ち掛《か》けた日《ひ》が少時《しばし》竹藪《たけやぶ》を透《とほ》して濕《しめ》つた土《つち》に射《さ》し掛《か》けて、それから井戸《ゐど》を圍《かこ》んだ井桁《ゐげた》に※[#「くさかんむり/(さんずい+位)」、第3水準1−91−13]《のぞ》んで陰氣《いんき》に茂《しげ》つた山梔子《くちなし》の花《はな》を際立《はきだ》つて白《しろ》くした。暫《しばら》くして青《あを》い煙《けむり》の滿《み》ちた家《いへ》の内《うち》には心《しん》も切《き》らぬランプが釣《つ》るされて、板《いた》の間《ま》には一|同《どう》ぞろつと胡坐《あぐら》を掻《か》いて丸《まる》い坐《ざ》が形《かたち》づくられた。
此《これ》も傭《やと》はれて來《き》た若《わか》い女房等《にようばうら》は竈《かまど》の前《まへ》に立《た》つて内《うち》の女房《にようばう》とおつぎとに手《て》を藉《か》して居
前へ
次へ
全478ページ中222ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング