な》つて居《ゐ》る程《ほど》物《もの》に臆《おく》する習慣《しふくわん》がある。然《しか》し恁《か》うして儕輩《さいはい》のみが聚《あつ》まれば殆《ほと》んど別人《べつじん》である。饂飩《うどん》が竭《つ》きて茶碗《ちやわん》が亂雜《らんざつ》に投《な》げ出《だ》された時《とき》夜《よる》の遲《おそ》いことに無頓着《むとんぢやく》な彼等《かれら》はそれから暫《しばら》く止《と》めどもなく雜談《ざつだん》に耽《ふけ》つた。彼等《かれら》は遂《つひ》に自分《じぶん》の村落《むら》に野合《やがふ》の夫婦《ふうふ》が幾組《いくくみ》あるかといふことをさへ數《かぞ》へ出《だ》した。そつちからもこつらからも其《そ》れが數《かぞ》へられた。左手《さしゆ》の指《ゆび》が二|度《ど》曲《ま》げて二|度《ど》起《おこ》されても盡《つく》せなかつた。勿論《もちろん》畢《しまひ》には配偶《はいぐう》の缺《か》けたものまで僂指《るし》された。其《そ》れ等《ら》の夫婦《ふうふ》の間《あひだ》に生《うま》れた者《もの》も幾人《いくにん》か彼等《かれら》の間《あひだ》に介在《かいざい》して居《ゐ》た。有繋《さすが》に其《そ》の幾人《いくにん》は自分《じぶん》の父母《ふぼ》が喚《よ》ばれるので苦《にが》い笑《わらひ》を噛《か》んで控《ひか》へて居《ゐ》る。さうすると他《た》の者《もの》はそれを興《きよう》あることにがや/\と囃《はや》し立《た》てた。
噺《はなし》が少《すこ》しだれた時《とき》
「勘次《かんじ》さん等《ら》見《み》てえなゝ、ありや勘定《かんぢやう》にやへえんねえもんだんべか」と呶鳴《どな》つたものがあつた。此《こ》の唐突《たうとつ》な發言《はつげん》で暫《しばら》く靜止《せいし》して居《ゐ》た彼等《かれら》は俄《にはか》に威勢《ゐせい》が出《で》て拍手《はくしゆ》した。
「勘次《かんじ》さんに聞《き》いて見《み》ろ」といふ聲《こゑ》が隅《すみ》の方《はう》から出《で》た。
「其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》こと云《ゆ》つたつ位《くれえ》、打《ぶ》ん擲《なぐ》らつら篦棒臭《べらぼうくせ》え」打《う》ち消《け》す聲《こゑ》が聞《きこ》えた。
「そんぢや、おつぎに聞《き》いて見《み》ろ」
「足《あし》でも打折《ぶつちよ》られんなえ
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