「俺《お》らあ家《うち》で甘藷《さつま》くつたなんてゆはねえんだ」甘藷《さつまいも》を手《て》に持《も》つて怖《お》づ/\いつた。彼《かれ》は只《たゞ》嬉《うれ》しかつたのである。
「何故《なぜ》ゆはねえんだ」與《あた》へた人《ひと》は聞《き》いた。
「何故《なぜ》でもだ」
「そんぢやえゝ、其《その》甘藷《さつま》取《と》つ返《けえ》しつちまあから」と驚《おどろ》かされて
「そんでも俺家《おらぢ》のおとつゝあ甘藷《さつま》喰《く》つたなんてゆふんぢやねえぞつて云《ゆ》つたんだ」與吉《よきち》は媚《こ》びるやうな容子《ようす》でいつた。
「よきら家《へ》の甘藷《さつま》うめえか」
「旦那《だんな》のがはうめえつて云《ゆ》つたんだ」
「おとつゝあ云《ゆつ》たのか※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、131−15]《ねえ》云《ゆつ》たのか」
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、132−1]《ねえ》ぢやねえ、おとつゝあだ」
「おとつゝあは家《うち》で甘藷《さつま》くつて旦那《だんな》のがうめえつちつたのか」
「さうなんだわ」無心《むしん》な與吉《よきち》は誘《さそ》ひ出《だ》されるまゝにいつて畢《しま》つた。然《しか》し相互《さうご》に畑《はたけ》を荒《あら》しては、痩《や》せた骨身《ほねみ》を噛《かじ》り合《あ》うて居《ゐ》るやうな彼等《かれら》の間《あひだ》にこんなことが無《な》ければ殊更《ことさら》に勘次《かんじ》ばかりが注目《ちうもく》されるのではなかつたのである。
一〇
秋《あき》も朝《あさ》は冷《ひやゝ》かに成《な》つた。稻《いね》の穗《ほ》は北《きた》が吹《ふ》けば南《みなみ》へ向《む》いたり、南《みなみ》が吹《ふ》けば北《きた》へ向《む》いたりして其《そ》の重相《おもさう》な首《くび》を止《や》まず動《うご》かしてはさら/\と寂《さび》しく笑《わら》ひはじめた。強《つよ》い秋《あき》の雨《あめ》が一|夜《や》ざあ/\と降《ふ》つた。次《つぎ》の日《ひ》には空《そら》は些《いさゝか》の微粒物《びりふぶつ》も止《とゞ》めないといつたやうに凄《すご》い程《ほど》晴《は》れて、山《やま》も滅切《めつき》り近《ちか》く成《な》つて居《ゐ》た。しつとりと落付《おちつ》いた空氣《くう
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