ちやつたぞ」おつぎは更《さら》に聲《こゑ》を殺《ころ》していつた。勘次《かんじ》はひよつこり起《お》きて何《なに》もいはずにおつぎの顏《かほ》を凝然《ぢつ》と見《み》つめた。暗《くら》い家《うち》の中《なか》には漸《やうや》く手《て》ランプが點《とも》された。勘次《かんじ》もおつぎも唯《たゞ》其《そ》の目《め》が光《ひか》つて見《み》えた。
次《つぎ》の日《ひ》巡査《じゆんさ》は隣《となり》の傭人《やとひにん》を連《つ》れて來《き》て壁際《かべぎは》の木《き》の根《ね》を檢《しら》べさせたが櫟《くぬぎ》の根《ね》は案外《あんぐわい》に少《すくな》かつた。それでもおつぎの手《て》では棄《す》て切《き》れなかつたのである。
「此《こ》りや櫟《くぬぎ》がもつと有《あ》つた筈《はず》ぢやないか勘次《かんじ》はどうかしやしないか」巡査《じゆんさ》は恁《か》ういつてあたりを見《み》たが勘次《かんじ》の小《ちひ》さな建物《たてもの》の何處《どこ》にもそれは發見《はつけん》されなかつた。さういつても實際《じつさい》に巡査《じゆんさ》の目《め》には櫟《くぬぎ》と他《ほか》の雜木《ざふき》とを明瞭《めいれう》に識別《しきべつ》し得《え》なかつたのである。
「勘次《かんじ》、それぢや此《こ》れを持《も》つて跟《つ》いて來《く》るんだ」巡査《じゆんさ》はいつた。勘次《かんじ》は顫《ふる》へた。
「草刈籠《くさかりかご》でも何《なん》でもいゝ、此《こ》れを入《い》れて後《あと》から跟《つ》いて」
「へえ、何處《どこ》まで持《も》つて行《い》くんでがせう」勘次《かんじ》は逡巡《ぐつ/\》して居《ゐ》る。
「何處《どこ》までゝもいゝんだ」巡査《じゆんさ》は呶鳴《どな》つてぴしやりと横手《よこて》で勘次《かんじ》の頬《ほゝ》を叩《たゝ》いた。
勘次《かんじ》は草刈籠《くさかりかご》を脊負《せお》つて巡査《じゆんさ》の後《あと》に跟《つ》いて主人《しゆじん》の家《いへ》の裏庭《うらには》へ導《みちび》かれた。巡査《じゆんさ》が縁側《えんがは》の坐蒲團《ざぶとん》へ腰《こし》を掛《か》けた時《とき》勘次《かんじ》は籠《かご》を脊負《せお》つた儘《まゝ》首《くび》を俛《た》れて立《た》つた。それは餘《あま》りに見《み》え透《す》いた仕事《しごと》なので有繋《さすが》に分別盛《ふんべつざかり》の主人《
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