。勘次《かんじ》は萬能《まんのう》をぶつりと打《う》ち込《こ》んではぐつと大《おほ》きな土《つち》の塊《かたまり》を引返《ひきかへ》す。おつぎは漸《やうや》く小《ちひ》さな塊《かたまり》を起《おこ》す。勘次《かんじ》の手《て》は速《すみや》かに運動《うんどう》してずん/\と先《さき》へ進《すゝ》む。おつぎは段々《だん/\》後《おく》れて小《ちひ》さな塊《かたまり》を淺《あさ》く起《おこ》して進《すゝ》んで行《ゆ》く。さうすると
「そんなに可怖《おつかな》びつくりやんぢやねえかうすんだ」勘次《かんじ》は遲緩《もどか》し相《さう》におつぎの萬能《まんのう》をとつて打《う》ち込《こ》んで見《み》せる。
「そんでもおとつゝあ、俺《おら》がにやさういにや出來《でき》ねえんだもの」
「そんな料簡《れうけん》だから汝等《わツら》駄目《だめ》だ、本當《ほんたう》にやつて見《み》る積《つもり》でやつて見《み》ろ」
 おつぎは勘次《かんじ》に後《おく》れつゝ手《て》の力《ちから》の及《およ》ぶ限《かぎ》り働《はたら》いた。
 與吉《よきち》は田圃《たんぼ》の堀《ほり》の邊《ほとり》に筵《むしろ》を敷《し》いて其處《そこ》に置《お》いてある。
「えんとして居《ゐ》ろ、動《いご》くんぢやねえぞ動《いご》くとぽかあんと堀《ほり》の中《なか》さ落《おつ》こちつかんな、そうら蛙《けえる》ぽかあんと落《おつ》こつた。動《いご》くなあ、此處《こゝ》に棒《ぼう》あつた、そうら此《これ》でも持《も》つてろ、泣《な》くんぢやねえぞ、姉《ねえ》は此《こ》の田《た》ン中《なか》に居《ゐ》んだかんな、泣《な》くとおとつゝあにあつぷつて怒《おこ》られつかんな」おつぎは頬《ほゝ》を擦《す》りつけて能《よ》くいひ含《ふく》めた。與吉《よきち》は土《つち》だらけの短《みぢか》い棒《ぼう》で岸《きし》の土《つち》を叩《たゝ》いて居《ゐ》る。さうして時々《とき/″\》後《あと》を向《む》いては姉《あね》の姿《すがた》を見《み》て安心《あんしん》して棒《ぼう》でぴた/\と叩《たゝ》いて居《ゐ》る。棒《ぼう》の先《さき》が水《みづ》を打《う》つので與吉《よきち》は悦《よろこ》んだ。それも少時《しばし》の間《あひだ》に飽《あ》いた。おつぎは與吉《よきち》がまた見《み》た時《とき》には田《た》の向《むかふ》の端《はし》に行《い》つ
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