からだ》を傳《つた》ひつゝ左《ひだり》へ廻《まは》つて行《ゆ》く。さうすると卯平《うへい》の手《て》が與吉《よきち》の頭《あたま》の上《うへ》に乘《の》つて菓子《くわし》が頭《あたま》へ落《おと》される。與吉《よきち》が頭《あたま》へ手《て》をやる時《とき》に菓子《くわし》は足下《あしもと》へぽたりと落《お》ちる。與吉《よきち》は慌《あわ》てゝ菓子《くわし》を拾《ひろ》つては聲《こゑ》を立《た》てゝ笑《わら》ふのである。菓子《くわし》は何時《いつ》までも減《へ》らないやうに砂糖《さたう》で固《かた》めた黒《くろ》い鐵砲玉《てつぱうだま》が能《よ》く與《あた》へられた。頭《あたま》から落《お》ちてころ/\と鐵砲玉《てつぱうだま》が遠《とほ》く轉《ころ》がつて行《ゆ》くのを、倒《たふ》れながら逐《お》ひ掛《か》けて行《い》く與吉《よきち》を見《み》て卯平《うへい》のむつゝりとした顏《かほ》が溶《と》けるのである。與吉《よきち》は躓《つまづ》いて倒《たふ》れても其《その》時《とき》は決《けつ》して泣《な》くことがない。鐵砲玉《てつぱうだま》は麥藁《むぎわら》の籠《かご》へも入《い》れられた。與吉《よきち》はそれを大事相《だいじさう》に持《も》つては時ゝ《とき/″\》覗《のぞ》きながら、おつぎが炊事《すゐじ》の間《あひだ》を大人《おとな》しくして坐《すわ》つて居《ゐ》るのであつた。
六
春《はる》は空《そら》からさうして土《つち》から微《かすか》に動《うご》く。毎日《まいにち》のやうに西《にし》から埃《ほこり》を捲《ま》いて來《く》る疾風《しつぷう》がどうかするとはたと止《とま》つて、空際《くうさい》にはふわ/\とした綿《わた》のやうな白《しろ》い雲《くも》がほつかりと暖《あたゝ》かい日光《につくわう》を浴《あ》びようとして僅《わづか》に立《た》ち騰《のぼ》つたといふやうに、動《うご》きもしないで凝然《ぢつ》として居《ゐ》ることがある。水《みづ》に近《ちか》い濕《しめ》つた土《つち》が暖《あたゝ》かい日光《につくわう》を思《おも》ふ一|杯《ぱい》に吸《す》うて其《その》勢《いきほ》ひづいた土《つち》の微《かす》かな刺戟《しげき》を根《ね》に感《かん》ぜしめるので、田圃《たんぼ》の榛《はん》の木《き》の地味《ぢみ》な蕾《つぼみ》は目《め》に立《た》たぬ
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