體《からだ》を横《よこ》にし甘睡《かんすゐ》に陷《おちい》るまでの少時間《せうじかん》彼等《かれら》は互《たがひ》に決《けつ》し難《がた》い思案《しあん》を交換《かうくわん》するのであつた。從來《これまで》も夫婦《ふうふ》の間《あひだ》は孰《いづ》れが本位《ほんゐ》であるか分《わか》らぬ程《ほど》勘次《かんじ》には決斷《けつだん》の力《ちから》が缺乏《けつばふ》して居《ゐ》た。
「どうでもおめえの腹《はら》だから好《す》きにした方《はう》がえゝやな」勘次《かんじ》は恁《か》ういふのである。然《しか》しそれは怎的《どう》でもいゝといふ云《い》ひ擲《なぐ》りではなくて、凡《すべ》てがお品《しな》に對《たい》して命令《めいれい》をするには勘次《かんじ》の心《こゝろ》は餘《あま》り憚《はばか》つて居《ゐ》たのである。
「そんでも、俺《おれ》がにも困《こま》んべな」お品《しな》は投《な》げ掛《か》けるやうにいふのである。勘次《かんじ》はお品《しな》が恁《か》うする積《つもり》だときつぱりいつて畢《しま》へば決《けつ》して反對《はんたい》をするのではない。といつてお品《しな》は獨斷《どくだん》で決行《けつかう》するのには餘《あま》り大事《だいじ》であつたのである。さうしてそれは決定《けつてい》される機會《きくわい》もなくて夫婦《ふうふ》は依然《いぜん》として農事《のうじ》に忙殺《ばうさつ》されて居《ゐ》た。
其《そ》の間《あひだ》に空《そら》を渡《わた》る凩《こがらし》が俄《にはか》に哀《かな》しい音信《おどづれ》を齎《もたら》した。欅《けやき》の梢《こずゑ》は、どうでもう此《こ》れまでだといふやうに慌《あわたゞ》しく其《そ》の赭《あか》く成《な》つた枯葉《かれは》を地上《ちじやう》に投《な》げつけた。其《そ》の棄《す》て去《さ》られた輕《かろ》い小《ちひ》さな落葉《おちば》は、自分《じぶん》を引《ひ》き止《と》めて呉《く》れる蔭《かげ》を求《もと》めて轉々《ころ/\》と走《はし》つては干《ほ》した藁《わら》の間《あひだ》でも籾《もみ》の筵《むしろ》でも何處《どこ》でも其《そ》の身《み》を託《たく》した。周圍《あたり》は凡《すべ》てが只《たゞ》騷《さわ》がしく且《か》つ混雜《こんざつ》した。其《そ》の内《うち》に勘次《かんじ》は秋《あき》から募集《ぼしふ》のあつた開鑿工事《か
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