分から口火を切つた。どんな事で口火を切つてどんな鹽梅《あんばい》に進行させたかといつたつてそれも言へぬ。お秋さんは餘計にはいはぬ。何處までも懶《うと》ましいのである。唯かういふことがあるのだ。此山蔭では蛙を「あんご」といふことや、蟷螂《かまきり》を「けんだんぼう」といふのだといふことやである。それから茸採《きのこと》りに行つて澤山あるといふことを「へしもに/\ある」といふのだといふことであつた。これでは笑はずにはゐられなかつた。自分は忘れた時の爲めにと思つて手帳を出したら偶然どこかの盆踊唄といふのが書いてあつたのを見つけた。「ことしの盆はぼんとも思はない、かうやが燒けても、もかりがぶつこけて、ぼん帷子《かたびら》を白できた」といふのである。これを聞かしたら「ぼん帷子を白できた。」といふのを繰り返しながら暫くは鋸の手を止めて居る。さうして自分を見た時にはいくらか寂しみを帶びた温かい微笑を含んで居つた。此所にもこんなのが有りますといつて「大澤行川《おほさなめが》の嫁子にならば花のお江戸で乞食する」といふのを低い聲でいつた。謠つたのではない。謠へば面白いのだが、お秋さんには迚《と》てもそんな
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