生迫の漁村にもどる、此の夜おもひつゞくることありてふくるまで眠らず
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草に棄てし西瓜の種が隱《こも》りなく松虫きこゆ海の鳴る夜に
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八日、陰晴定めなき季節のならはし、雨をり/\はげしく障子を打つ
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横しぶく雨のしげきに戸を立てゝ今宵は虫はきこえざるらむ
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九日、再び時化になりたればまた宮崎にのがる、人のもとにて梨瓜といふを皿に盛りてすゝめらる、此の地方西瓜と共に瓜を産することおびたゞし
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瓜むくと幼き時ゆせしがごと竪さに割かば尚うまからむ
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十三日、漸く折生迫にもどれば同人の手紙などとゞきて居たるを一つ/\と披きみてはくりかへしつゝ
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とこしへに慰もる人もあらなくに枕に潮のをらぶ夜は憂し
むらぎもの心はもとな遮莫をとめのことは暫し語らず
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夜は苦しき眠りに落つるまで、虫の聲々あはれに懷しく
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こほろぎのしめらに鳴けば鬼灯の庭のくまみをおもひつゝ聽く
こほろぎはひたすら物に怖れどもおのれ健かに草に居て鳴く
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十四日
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蝕ばみて鬼灯赤き草むらに朝は嗽ひの水すてにけり
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午に近くたま/\海岸をさまよふ
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草村にさける南瓜の花共に疲れてたゆきこほろぎの聲
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海もくまなく晴れたれば、あたりは只一時に目をひらきたるがごとし
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鯛とると舟が帆掛けて亂れゝば沖は俄かに濶くなりにけり
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豊後國へわたる船を待たむと此の日内海にいたりてやどる
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此の宵はこほろぎ近し廚なる笊の菜などに居てか鳴くらむ
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十八日、きのふ別府の港につきてけふは大分の郊外に石佛を探り汗ながしてかへれるに、夕近くなりて慌しく肌衣とりいだす
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こゝろよき刺身の皿の紫蘇の實に秋は俄かに冷えいでにけり
二
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二十二日、博多なる千代の松原にもどりて、また日ごとに病院にかよふ
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此のごろは淺蜊
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