もなき撫子の花

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此のをみなすべてのものゝ中に野にあるなでしこを第一に好めるよしいひければ
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なでしこの交れる草は悉くやさしからむと我がおもひみし

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壜に活けたるまゝにして
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なでしこの花はみながらさきかへて幾日へぬらむ水減りにけり

なでしこはいまは果敢なき花なれど捨つと言にいへばいたましきかも

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二十日の夜ひとつには暑さたへがたくして夜もすがら眠らず、明方にいたりて蛙の聲を聞く
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快くめざめて聽けと鳴く蛙ねられぬ夜のあけにのみきく

さわやかに鳴くなる蛙たとふれば豆を戸板に轉ばすがごと

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朝のうち必ず一しきりはげしく咳出づることありて苦しむ
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曉の水にひたりて鳴く蛙涼しからんとおもひ汗拭く

     二

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蚊帳釣草を折りて
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暑き日はこちたき草をいとはしみ蚊帳釣草を活けてみにけり

こゝろよく汗の肌にすゞ吹けば蚊帳釣草の髭|殺《そよ》ぎけり

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夜になれば我がためにのみは必ず看護婦の來て※[#「巾+廚」、第4水準2−12−1]をつりてくるゝが例なり
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※[#「巾+廚」、第4水準2−12−1]釣るとかやつり草を外に置くが務めなりける我は痩せにき

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燬くが如き日てりつゞけばすべての病室のつきそひの女ども只洗濯にいそがはし
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粥汁を袋に入れて糊とると絞るがごとく汗はにじめり

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おもひ待てども蝉の聲をきかず
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板のごと糊つけ衣夕まけて松に乾けど蝉も鳴かぬかも

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庭の松の蔭に午後に成れば朝顔の鉢をおくものあり、他の病室の患者の慰めなりといへどもひとの枕のほとり心づかざれば未だみしこともなく
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朝まだき涼しき程の朝顔は藍など濃くてあれなとぞおもふ

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僅に凌ぎよきは朝まだきのみなり
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蚤くひの趾などみつゝ水をもて肌拭くほどは涼しかりけり

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夕に汗を流さんと一杯の
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