下
秋の朝雲あさ燒くる、
眞日の光の奇異しくも、
あめつちなべて黄變して、
草もゆるがぬ日を一日。
暴風來りぬ、ゆゝしきかも。
大樹を摧き、石を飛ばし、
八つ峰嚴しき鬼怒沼山、
爭ひかねて靡かむとす。
山ふところに吹き付くる、
雲のちぎれの雨に凝り、
沛然として降る三日、
土洗はれて山痩する。
どう/″\として石相搏ち、
底鳴り震ふ水の勢。
相交はれる山の尾も、
押し諸向けて激ち去る。
剩雲いまは收るや、
見る目悲しきふところに、
うつし殘る家一村。
恐怖に籠る樵夫が伴、
竊にいたむ人の身の上。
萱の茂りを刈り燒きて、
すなはち作る稗の穗を、
七たび伐りぬ、山の秋。
落葉に拾ふ橡の實を、
碓にくだきて澤にひて、
七たび造りぬ、橡の味噌。
鬼怒沼山に斧とりに、
ゆきて聞えぬ人を悼み、
秋さり毎に物を供へ、
まつり營む人のまこと。
蔓の黄葉を眞探りて、
おどろがさ枝に藷蕷を堀り、
霜に赤らむ梢の柿、
澁きを、榾の火に燒きて。
人のまことは物を供へ、
まつりいとなむ淋しき夕。
蓬髪ながく肩に垂れ、
垢つく衣朽ちたるに、
窶れしかひな杖つきて、
柄もなき斧の錆びたる
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