死屍は意を得しさまに、
『我等が好みもかくのごとし。
強姦奪掠憚らねば、
市街の商人は武裝して、
我が暴行を防がむとす。
されど君責むる勿れ。
我等が一ヶ月の給料は、
好める露酒の一瓶を、
傾け盡すにも足らざるを。』
骸骨は話頭を轉じ、
『たま/\潮の滿干により、
陸地近く行きみれば、
旅順の砲臺は露西亞の手に
經營されし如くなれど、
防備は寸隙もあらざるや。』
『我が恫喝の特性は、
こゝにもよく顯れたり。
兵粮の運輸乏しきに、
兵勇もさまでおほからず。』
骸骨は小首を傾け、
『憐むべし、陸上の兵はまた
我が運命の如くならむ。』
骸骨のいひも竭きざるに、
死屍は脣なほ青褪め、
『さらばわれ守備の兵に
はやく告げて去らしめむ。』と
鹹水なればかろ/″\と
死屍は泛びあがりしが、
少時にしてまたもどりぬ。
骸骨はみな齊しく、
『水に沈みし者時をふれば、
一たび必ず浮べども、
死屍は再び人間に
還ること叶はぬなり。
人間の死を恐るゝは、
骸骨の慰安を知らねばこそ。
我が腦膸は空虚なれば、
思慮も考察も公平なり。』
死屍は未だ骸骨の言を
了解しえぬさまなれど、
感謝の意を以て握手せしが、

前へ 次へ
全83ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング