て秋行かむとす

さきみてる黄菊が花は雨ふりて濕れる土に映りよろしも

此頃は食稻《けしね》もうまし秋茄子の味もけやけし足らずしもなし

繩結ひて糸瓜を浸てし水際の落ち行く如く秋は行くめり

夜なべすと繩綯ふ人よ鍬掛の鍬の光はさやけかるかも

うつくしき籃の黄菊のへたとると夜なべしするを我もするかも

萼とればほけて亂るゝさ筵の黄菊が花はともしかゝげよ

障子張る紙つぎ居れば夕庭にいよ/\赤く葉※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]頭は燃ゆ

     蕨橿堂に寄す

杉山のせまきはざまの晩稻《おく》刈ると夕をはやみ冷たかるらむ

稻曳くに馬も持てりといはなくに妹が押す時車にかひく

白菊は稻掛けたらば亂るべし橿の木蔭は稻な掛けそね

米櫃の底が出でぬと米舂くに白くもあらじ倦むらむ時は

橿の實のいくばく落ちて日暮れよと蒿雀《あをぢ》は鳴けど杵はのどかに

棕櫚の葉を裂きて吊るらむつり柿のゆりもゆるべき杵の響か

米搗くとかゞる其手に何よけむ杉の樹脂《やに》とり塗らばかよけん

冬の日の乏しき庭の綿さねは其所はかげりぬ此所とてや干す

己妻の縫ひし冬衣は着よけむにゆきが合はずとたけが足らずと

ませ垣の黄菊白菊ならぶ如ひなびたれども其妹を背を

     戯れに香取秀眞に寄す
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秀眞氏の消息たえたること久し、人はいふ其職業に忙殺せられつゝあるなりと、氏の工場は更紗干す庭を前にして水田のほとりにあり、乃ちあたりのさまなど思ひうかべて此歌を作る。
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更紗干す庭の螽はおのがじゝいもじ見むとてつどひ來らしき

へなつちのよごれ見まくと深田なる螽がともは蓋し來にけり

注連繩のすゝびし蔭にいそはくと煤びたらずやあたらいもじを

おろそかに庭にな立ちそ山茶花の花さへ否といひて萎まむ

芋の葉の妹もいなまむ二たびは日にはな燒けそさめけむものを

土芋もあらへば白し鑄物する人に戀ひむは浴みして後(明治四十年十月二十日)

     潮音に寄す

揖斐川の簗落つる水のとゞとして聞ゆる妻を其人は告らず

はし妻を覓《ま》ぎゝといはず云はずけど子を擧げたらば蓋し知らさむ

柿の木に掛けし梯子のけたの如いやつぎ/\に其子生まさん

こゝにして梯子のけたを子とはいふ其子の數に如かむ子もがも

竹竿に掛干す柿のつぶらかにいやつら/\に其子はあるらめ

としのはに子うみおもなみすべなけば盥の尻を手もて叩かせ

東國《あづま》にはしかぞ尻打つ盥打つ然かする時は子をうむは遠し

はた/\と盥打つ時めぐし子はたらひ/\と足らひたるべし([#ここから割り注]明治四十年十月二十八日[#ここで割り注終わり])

    暮春の歌

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五月のはじめ雨の日にあひてたま/\興を催してよめる
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さびしらに母と二人し見る庭の雨に向伏す山吹の花

山吹の花の黄染をそこらくに洗ひ落して雨ぞしき降る

もろ/\の庭の梢は雨注ぎうち搖るゝまで其葉茂れり

水つけばほとぶるものと木のうれも雨しふれゝばいやふくよかに

雨ふりて淋しき庭も※[#「耒+婁」、第4水準2−85−9]斗菜の一簇故に足らずしもなし

あらかじめ持てりし雨を悉く土にかへして春は行くめり

菜の花の乏しきみれば春はまだかそけく土にのこりてありけり

すが/\し樫がわか葉に天響き聲ひゞかせて鳴く蛙かも

車前草《おほばこ》の花がさかむとうれしとて蛙は雨にきほひてや鳴く

蛙らは皆塗り込めの畦越えて遠田こち田と鳴きめぐるらし

やはらかに茂き林が梢よりほがら/\と春は去ぬらむ

    手紙の歌
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明治四十年八月、岡麓氏予が請を容れて或事のために奔走せらる。しばらくしてその事の成就すべきよし報じこされたれば手紙をかくとて其はしに
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我が植ゑし庭の葉鷄頭くれなゐのかそけく見えて未だ染めずも

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九月にいりて消息なし。心もとなければ書きておくる
[#ここで字下げ終わり]

天の川あめを流れて、限りなく遠くしあれど、桐の木の梢に近し、其川の近く見えつゝ、遠くして音なきが如、我が待てるたより聞えず、夜に日に待てども。

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はじめ事もし成らば我が鬼怒川の鮭をおくらんと約しけるを、十月に入りて鮭の季節も末にならむとするに其事の空しからむとするを憂へて月の十九日手紙のかはりに書きておくりける
[#ここで字下げ終わり]

青笹に包みて鮭はおくらむとことしはやらず欲しといふとも

鬼怒川の鮭を欲りすといふ人はいふべき時は未だ來らず

白銀の鮭を小笹に包まひてやるべくあらば豈憂へむや

鬼怒川を晝は淀に居夜されば幾瀬の網も鮭は越すといふ

いさゝかのこと
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