俄に眉をうち顰め、
『いかに痛きものぞ。君が手は、』
骸骨は思はず失笑し、
『柔かき手もて握れる故、
我等が手は痛からむ。
されば君記憶せよ。
一日過ぎなば君が手は
ふとしくならむ、その時は
骸骨はなほ痛からむ。
二日過ぎ三日過ぎなば、
さらにふとしく、更にまた
痛かるべし。それよりは
體躯はます/\糜爛して、
癩病の如く見ゆるならむ。
魚族は爭ひてつゝきはじめむ。
かく唯白骨とならば、
君が衣服をつけしさまは
いかに不思議に見ゆべけむ。
その時よりぞ骸骨の
眞味を解しはじむべき。』
うち語りて骸骨は
『陸上の兵遠からず
あと追ひこむ。それまでは
こゝろしづかに待ち居らむ。
骸骨は世に拘らず。』と
いひ畢りて素のごとく、
死屍横はる傍に、
ばら/\になりて打ち臥しぬ。

    くさ/″\の歌

     滿洲

落葉松《からまつ》と樅とをわかず、はひ毛虫林もむなに、喫み竭し枯らさむときに、鵲はい群れて行きぬ。海渉りゆきぬ。

     馬賊 [#ここから割り注]馬賊は魯の仇敵なり劉單子はその統帥にしていま長白山中に匿るといふ[#ここで割り注終わり]

白橿の落葉散り、散りみだれど掃く人なみ、我たち掃く劉單子劉單子、箒伐り木を伐り持ちこ。掻き掃きて川にながさむ、ながさむを見に來。

     旅順

をぢなきや嚢の鼠、ふくろこそ噛みてもやれめ、そびらには矛迫め來、おもてには潮沫湧く、穴ごもり隱らむすべも、術なしにあはれ。

     韓國

栲衾新羅の埼の、あまり埼、いひき持ち來、悉に引かざりしかば、常たえずさへぐ韓國。ことなぎむいま。

     樺太

阿倍比羅夫楯つきなめ、艤ひゆきしかばふと、鰭つ物いむれてあれど、我獲ねば人とりき。いまよりは海の眞幸も、我欲りのまゝ。

     雜咏十六首

足曳のやつ田のくろの揚げ土にほろ/\落る楢の木の花

鋸の齒なす諸葉の眞中ゆもつら抽きたてるたむぽゝの花

春の田を耕し人のゆきかひに泥にまみれし鼠麹草《はゝこくさ》の花

うつばりの鼠の耳に似たる葉のたぐひ宜しきその耳菜草

あら鋤田のくろの杉菜におひまじり黄色にさけるつる苦菜《にがな》の花

鍋につく炭掻きもちてこゝと塗りたれ戯れのそら豆の花

春雨の洗へど去らずそら豆のうらわか莢の尻につくもの

筑波嶺のたをりの路のくさ群に白くさきたる一りむさうの花

藪陰のおどろがさえにはひまどひ蕗の葉に散る忍冬の花

きその宵雨過ぎしかば棕櫚の葉に散りてたまれるしゆろの樹の花

よひに掃きてあしたさやけき庭の面にこぼれてしるき錦木の花

かはづなく水田のさきの樹群にししら/\見ゆる莢※[#「くさかんむり/二点しんにょうの「迷」、第4水準2−86−56]《がまずみ》の花

袷きる鬼怒の川邊をゆきしかばい引き持てこしみやこぐさの花

いちじろくほに抜く麥にまつはりてありなしにさく猪殃々《やへむぐら》の花

暑き日の照る日のころとすなはちにかさ指し開く人參の花

筑波嶺のみちの邂逅《ゆきあひ》にやまびとゆ聞きて知りたるやまぶきさうの花

     反古一片

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明治三十六年八月八日の夕暮に伊勢の山田につく、九日外宮より内宮に詣づ、目にふるゝ物皆たふとく覺ゆるに白丁のほのめくを見てよめる歌三首
[#ここで字下げ終わり]

かしこきや神の白丁《よぼろ》は眞さやけき御裳濯川に水は汲ますも

白栲のよぼろのおりて水は汲む御裳濯川に口漱ぎけり

蘿蒸せる杉の落葉のこぼれしを白丁はひりふ宮の垣内に

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この日、鳥羽の港より船に乘りて熊野へ志す、志摩國麥崎といふをあとに見てすゝむ程に日は山のうしろに沈みぬ、このとき文※[#「魚+搖のつくり」、第4水準2−93−69]魚《とびのうお》というものゝとぶこと頻りなればよみける歌のうち三首
[#ここで字下げ終わり]

大和嶺に日が隱ろへば眞藍なす浪の穗ぬれに文※[#「魚+搖のつくり」、第4水準2−93−69]魚の飛ぶ見ゆ

眞熊野のすゞしき海に飛ぶ文※[#「魚+搖のつくり」、第4水準2−93−69]魚の尾鰭張り飛び浪の穗に落つ

おもしろの文※[#「魚+搖のつくり」、第4水準2−93−69]魚かも※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]枕これの船路の思ひ出にせむ

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戯れに萬葉崇拜者に與ふる歌并短歌
[#ここで字下げ終わり]

筑波嶺の裾曲の田居も、葭分になづみ漕ぎけむ、いにしへに在りけることゝ、あらずとは我は知らず、おそ人の物へい往くと、獨往かば迷ひすの、二人しては往きの礙《さは》らひ、妻の子が心盡して、籾の殼そこにしければ、踏みわたる溝のへにして、春風の吹きの拂ひに、籾の殼水に泛きしを、そこをだに超えてすゝむと、我妹子が木綿花つみて、織りにける
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