ワンと吠ゆ。
板の間の猫の皿を、
こと/\と※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のつゝくに、
シヽといひて我が立てば、
忽ちに※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]追ひ立て、
竹藪に迫《せ》め騷がし、
尾を振りて我が許に來る。
桑畑へ鎌もて行く、
草取りと野に行けば、
桑の木の枝移り鳴く、
頬白に吠えながら
先へ/\駈けめぐると、
人ならば草臥れむ。
砥を立てゝ鎌を研ぎ、
草取の復た行くを見て、
ぱら/\と馳せ行くを、
煎餅もて喚べは[#「喚べは」はママ]戻り、
煎餅の竭きし時、
ジヨンジヨンといへど還らず。
木瓜の葉は花を包みて、
山吹も今は盛りに、
靜かなる眞晝の庭、
はら/\と雀下りて、
其所此所とあさりめぐる。
明日は又雨なるべし

    初秋の歌

小夜深にさきて散るとふ稗草のひそやかにして秋さりぬらむ

植草の鋸草の茂り葉のいやこまやかに渡る秋かも

目にも見えずわたらふ秋は栗の木のなりたる毬のつばら/\に

秋といへば譬へば繁き松の葉の細く遍く立ちわたるめり

馬追虫《うまおひ》の髭のそよろに來る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

外に立てば衣濕ふうべしこそ夜空は水の滴るが如

おしなべて木草に露を置かむとぞ夜空は近く相迫り見ゆ

からくして夜の涼しき秋なれば晝はくもゐに浮きひそむらし

うみ苧なす長き短きけぢめあれば晝はまさりて未だ暑けむ

芋の葉にこぼるゝ玉のこぼれ/\子芋は白く凝りつゝあらむ

青桐は秋かもやどす夜さればさはら/\と其葉さやげり

烏瓜《たまづさ》の夕さく花は明け來れば秋を少なみ萎みけるかも

    晩秋雜咏

     即興拾八首

芋がらを壁に吊せば秋の日のかげり又さしこまやかに射す

秋の日に干すはくさ/″\小鍋干す箒草干す張物も干す

葉鷄頭《かまつか》に藁おしつけて干す庭は騷がしくしておもしろきかも

葉鷄頭は籾の筵を折りたゝむ夕々にいやめづらしき

荒繩に南瓜吊れる梁をけぶりはこもるあめふらむとや

はら/\と橿の實ふきこぼし庭の戸に慌しくも秋の風鳴る

おしなべて折れば短くかゞまれる茶の木も秋の花さきにけり

茨の實の赤《あけ》び/\に草白む溝の岸には稻掛けにけり

黄昏の霜たちこむる秋の田のくらきが方へ鴫鳴きわたる

こほろぎははかなき虫か柊の花が散りても驚きぬべし

紅の二十日大根は綿の如なかむなにし
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