波荒れて舟行甚だ沮む、只暗礁あかべ鹿根の二島の間僅に平静なり、大小の船舶皆之より出入す。故に風威一たび加はれば復た近づくべからず。此邊一帶の濱漁人の命を損するもの年に幾十を以て數ふといふ。一月廿二日寒氣凛烈一船底を破りきと傳ふものありければ
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利根川や八十河こめて、遙々に濶きながれの、川じりゆ吐き出づる水を、逆むけて打ち寄る波は、※[#「さんずい+和」、第4水準2−78−64]のよき日にも搖れども、おも楫はあかべが島と、下總のつめの守部、とり楫は鹿島根が巖と、常陸のはての守部に、波ごもりたぐふ二島、二島のひまのなごみに、眞白帆を掛けのつらなめ、鮪舟あさ行きしかど、かへり來る灘のあらびの、速吸の潮のまに/\、過ちて巖に觸りけむ、そこすぎば安けむものを、速吸の潮のまに/\、其舟をあはれ。
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蜑が家に蛸の生きたるを見てよめる歌
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天地の未だ別れず、油なすありけむ時に、濁れるは重く沈みて、おのも/\成りけるがなかに、なりざまの少し足らざる、蛸といふは姿のをかしく、動作《すること》のおもしろきものと、漁人の沖に沈みし、蛸壺に籠りてある時、疣自物曳けども取れぬを、蛸壺の底ひに穿てる、其孔ゆ息もて吹けば、駭きて出づとふ蛸の、こゝにして桶の底ひに、もそろ/\蠢きてあれば、ほと/\に頭叩き、おもしろと我が打てば、うつろあたま堅くそばたち、忽ちに赤に醉ひたるは、蓋しくも憤るならし、眼《まながひ》もくちもおもしろ、蛸といふものは。
近作二三
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お伽噺に擬して作れる歌
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犬蕨しぬにおしなべ、雪積める山のなだれに、杉の葉をくひつゝある、兔等に猿のいへらく、なにしかも汝が目は赤き、汝が耳は恐れのしるし、溪をだに出でがてにするを、枝渡り空行くことの、我が儕はしかぞかしこき、斯くいへば兔いへらく、山媛の我をめぐしと、石楠の花をつまみ、豆梨の花をつまみ、豆梨を口に吸ひ、石楠を口に吸ひ、我が目らに塗らせりしかば、美しくしかぞ成りしと、いへる時|山毛欅《ぶな》のうつろに、潛み居し小兔いはく、誇らひて汝はあれども、蛸とるとありける時、鱶の來て臀くひければ、室の樹の枝に縋りて、七日まで泣きてありしゆ、汝が族臀は赤く、汝が族木傳ひ渡り、汝が族しかぞ喧し、然かも尚ほこらひ居りやと
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