下
秋の朝雲あさ燒くる、
眞日の光の奇異しくも、
あめつちなべて黄變して、
草もゆるがぬ日を一日。
暴風來りぬ、ゆゝしきかも。
大樹を摧き、石を飛ばし、
八つ峰嚴しき鬼怒沼山、
爭ひかねて靡かむとす。
山ふところに吹き付くる、
雲のちぎれの雨に凝り、
沛然として降る三日、
土洗はれて山痩する。
どう/″\として石相搏ち、
底鳴り震ふ水の勢。
相交はれる山の尾も、
押し諸向けて激ち去る。
剩雲いまは收るや、
見る目悲しきふところに、
うつし殘る家一村。
恐怖に籠る樵夫が伴、
竊にいたむ人の身の上。
萱の茂りを刈り燒きて、
すなはち作る稗の穗を、
七たび伐りぬ、山の秋。
落葉に拾ふ橡の實を、
碓にくだきて澤にひて、
七たび造りぬ、橡の味噌。
鬼怒沼山に斧とりに、
ゆきて聞えぬ人を悼み、
秋さり毎に物を供へ、
まつり營む人のまこと。
蔓の黄葉を眞探りて、
おどろがさ枝に藷蕷を堀り、
霜に赤らむ梢の柿、
澁きを、榾の火に燒きて。
人のまことは物を供へ、
まつりいとなむ淋しき夕。
蓬髪ながく肩に垂れ、
垢つく衣朽ちたるに、
窶れしかひな杖つきて、
柄もなき斧の錆びたるを、
葡萄の蔓に抜き負ひて、
よろぼひ渡る藤の棧橋。
あやしむ人をあやしみつゝ
樵夫はいまぞ還り來れる。
氷塊一片
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昨秋予の西遊を思ひ立つや、岡本倶伎羅氏を神戸の寓居に叩かんと約す、予が未發程せざるに先だち、氏は養痾の爲め、播磨の家島に移りぬ、予又旅中家島を訪ふを果さずして歸る、近頃島中の生活養痾にかなへるを報じ、且つ短歌數首を寄せらる、心爲に動き即愚詠八首を以て之に答ふ(其六首を録す)
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津の國のはたてもよぎて往きし時播磨の海に君を追ひがてき
淡路のや松尾が崎もふみ見ねば飾磨の海の家島も見ず
飾磨の海よろふ群島つゝみある人にはよけむ君が家島
冬の田に落穗を求め鴛鴦の來て遊ぶちふ家島なづかし
家島はあやにこほしもわが郷は梢の鵙も人の獲るさと
ことしゆきて二たびゆかむ播磨路や家島見むはいつの日にあらむ
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女あり幼にして母を失ひ外戚の老婦の家に生長せり、生れて十七、丹脣常に微笑を湛へて嘗て憂を知らざるに似たり、之を見るに一種の感なき能はず乃ち爲に短編一首を賦す
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母があら
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