田つ水底に。背を念ふ心は止まず。凝り鹽の辛くのがれて。沾衣あぶりもあへず。燒山にた走り到り。ひた土にこひ伏しまろび。訴へ泣き叫び悲しみ。弟媛が焦がへし灰に。裳の裾の垂鹽注ぎ。掻き抱き塗らひにければ。えをとことよみ歸らせる。吾背子と手たづさはりて。そこをしも住み憂の山と。八つ峰越えそがひの山の。鹽谷にしすみかま探り。蛤はも堅石なして。堅石はうむぎの如も。化り化りていや長に。こもりいますはや。(鹽原之山中蛤の化石を産す故に結末之に及ぶ)

    うみ苧集(一)

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二月二十五日筑波山に登りて夫婦餅を詠ずる歌并反歌
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狹衣の小筑波嶺ろは。八十尾ろに根張り足引き。峻しけくこゞしき山の。山うらの山毛欅の木根踏み。巖陰の雪消になづみ。贄は欲り足なよ/\に。登り立つ日子遲の峰と。さし向ふひがしの峰の。中つへを設けの宜しみ。茅がや葺く四柱いほに。煤火たき榾たきあぶる。串餅をうましもちひと。こゝだはたりぬ。

     反歌

筑波嶺に後來む人も吾如くこゝだ欲る可き串もちひこれ

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三月のはじめ下總神崎の雙生《ふたご》の岡より筑波山を望みて詠ずる歌并反歌
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十握稻ふさ刈る鎌の。燒鎌の利根の大川。川岐に八十洲を包む。五百枝槻千葉の大野の。ならび居の雙生が丘に。たゞ向ふ筑波の山は。登り立ち見れど宜しみ。下り居立ち見れど宜しみ。よろしみとよろぼひ立てる。くはし山見が欲し山の。筑波嶺吾は。

     反歌

千葉の野ゆ筑波を見れば肩長の足長山と霞田菜引く

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成田の梅林を見る
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下埴生の成田の佛をろがむと梅咲く春に逢ひにけるかも

み佛にまゐ來る人の世《よ》心に見てを行くべき梅の花これ

梓弓春にしあれば梅の花時よろしみと咲きにけるかも

錨綱五百尋杉に包まへる梅の林は見れど飽かぬかも

全枝に未だ咲かねど梅の花散らくを見れば久しくあるらし

梅の花疾きと遲きと時はあれど咲きのさかりの木ぬれしよしも

梓弓梅咲く春に逢ひしかばおもしろくして去なまく惜しも

まだき咲く梅の林に鶯の年の稚みかいかくろひ鳴く

鶯は五百杉村を木深みと未だも馴れず時稚みかも

梅の花疾きも遲きも春風の和《なご》吹く息の觸るらくと否と

息長の春風吹けば列貫ける秀枝の珠し
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