山

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登筑波山詠歌并短歌
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天地の開けし時に。瓊矛もて國探らせる。二柱神の命の。いしづまる筑波の山は。しみさぶるまぐはし山と。常に見る山にはあれど。秋の日のよけくを聞けば。巖が根の路をなづみて。落葉吹く峯の上に立てば。そがひには山もめぐれど。日の立の南の方は。品川の入江の沖も。かぎろひのほのに見えつゝ。をしね刈る裾曲の田居ゆ。いや遠に開けゝるかも。男の神のときて干させる。白紐と河は流れぬ。女の神のとりなでたまふ。み鏡と湖は湛へぬ。うべしこそ筑波の山は。時なくと人は來れども。秋の日のけふの吉日に。豈如かめやも。

     短歌

秋の日し見まくよけむと筑波嶺の岩本小菅引き攀ぢて來ぬ
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 明治三十五年

    春の川

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鬼怒川の歌
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こもり江の蒲のさ穗なす。散り亂りひた降りしける。雪自物天の眞綿を。荒山の狹沼うしはく。御衣織女鬼怒沼比賣が。五百※[#「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2−83−82]をかけの手繰りに。巖が根にい引きまつはし。玉の緒にいより垂らして。とゞろ踏む機足《はたし》とゞろに。織り出づる二十尋布を。春の野の大野の極み。きぬ河の礫が上に。岸廣にはへたる見れば。あやに奇しも。

    檐

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睡猫を見てよめる
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すしたるやわぎへの檐の。丸垂木日さしが上に。さ蕨の背くゝまりつゝ。いをしなすはしき二つ毛。春の夜の心うかれに。夜もすがら背を覓ぎかねて。思ひねにさぬとふものか。あはれ/\汝が人にあらば。味酒の丹頬に笑まひ。藍染の衣きよそひ。ほと/\に戸は叩かむを。夜もすがら背を覓ぎかねて。こゝにしもさぬとふものか。二毛猫汝はも。

    蛤

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詠|蛤《うむぎ》歌
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うまし子をうみ那須山の。苔むすやゆつ岩村に。あり立たす石人男。波の穗に新妻覓ぐと。のるなべに潮沫別きて。うむぎ比賣きさかひ比賣と。ならび立ちみ合ひし時の。弟媛の心ねぢけに。堅繩の目細《まなほそ》網に。兄媛をし二十巻き沈け。埴染の衣にほはし。ひとりのみ山踏む時に。その山の底ひ搖らびて。天遙に火立ち騰らひ。巖根木根ひた燒きしかば。うまし彦石人男。弟媛と共にみ失せぬ。うむき比賣和
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