来ないのは当然である。だが其兄とさえ昵まぬ太十だから、どっちかといえばむっつりとした女房は実際こそっぱい間柄であった。孰れの村落へ行っても人は皆悪戯半分に瞽女を弄ぼうとする。瞽女もそれを知らないのではない。然し彼等は其僅少な金銭の為に節操を穢しつつある。瞽女でも相当の年頃になれば人に誉められたいのが山々で見えぬ目に口紅もさせば白粉も塗る。お石は其時世を越えて散々な目に逢って来たのである。幾度か相逢ううちにお石も太十の情に絆された。そうでなくとも稀に逢えば誰でも慇懃な語を交換する。お石に逢う度に其情は太十の腸に浸み透るのであった。瞽女は秋毎に村へ来た。そうしてお石は屹度其仲間に居たのである。太十は後には瞽女の群をぞろぞろと自分の家へ連れ込むようになった。女房は我儘な太十の怒癖を怖れて唯むっつりして黙って居た。然しお石は義理を欠かなかった。其大きな荷物の中から屹度女房への苞が出された。女房も後には其見えない女の前に蕎麦の膳を運んでやるようになった。一つには何処へも出たことのない女の身にはなまめかしい姿の瞽女に三味線を弾かせて夜深までも唄わせることがせめてもの鬱晴しであったからである。

 
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