三

 或秋のことであった。お石は子犬を懐へ入れて来た。子犬は古新聞へ包んであった。子犬は新聞紙にくるまって寝て居た。懐から出すとぶるぶると体を振るようにしてあぶなげに立つ。悲しげな目で人を見た。目が涙で湿おうて居た。雀の毛を※[#「手扁+劣」、第3水準1−84−77、122上−5]ったように痩せて小さかった。お石は可哀想だから救って来たのだといった。太十は独で笑いながら懐へ入れて見ると矢張りくるりとなって寝た。鍋の破片へ飯をくれたが食わない。味噌汁をかけてやったらぴしゃぴしゃと甞めた。暫くすると小さいながら尾を動かしてちょろちょろと駈け歩いた。お石が村を立ってから犬は太十の手に飼われた。太十は従来農家の附属物たる馬と※[#「鷄の左+隹」、第3水準1−93−66、122上−11]との外には動物は嫌いであった。猫も二三度飼ったけれど皆酷く窶れて鳴声も出せないように成って死んだ。猫がないので鼠は多かった。竹藪をかぶった太十の家は内も一杯煤だらけで昼間も闇い程である。天井がないので真黒な太い梁木が縦横に渡されて見える。乾いた西風の烈しい時は其煤がはらはらと落ちる。鼠のためには屈竟な住居で
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