に彼は自暴自棄にこういうようになった。唯一人でも衷心慰藉するものがあれば彼は救われた。習慣はすべての心を麻痺した。人は彼に揶揄うことを止めなかった。そうして彼の恐怖心を助長し且つ惑乱した。彼は全く孤立した。
 其日は朝から焦げるように暑かった。太十は草刈鎌を研ぎすましてまだ幾らもなって居る西瓜の蔓をみんな掻っ切って畢った。そうして壻の文造に麦藁から蔓から深く堀り込んでうなわせた。文造はじりじり日に照りつけられながら、時節でもない畑をうなった。太十には西瓜畑が見ることさえ堪えられなかった。彼は物狂おしくなった。彼は鎌をぶつりと番小屋の屋根へ打ち込んだ。薄い屋根を透して鎌の刃先は牙の如く光った。彼は蚊帳へもぐってごろりと横になって絶望的に唸った。文造は止めず鍬を振って居る。其暑い頂点を過ぎて日が稍斜になりかけた頃、俗に三把稲と称する西北の空から怪獣の頭の如き黒雲がむらむらと村の林の極から突き上げて来た。三把稲というのは其方向から雷鳴を聞くと稲三把刈る間に夕立になるといわれて居るのである。雲は太く且つ広く空を掩うて一直線に進んで来る。閃光を放ちながら雷鳴が殷々として遠く聞こえはじめた。東南の
前へ 次へ
全33ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング