さがさと鳴るように聞えた。太十は蚊帳を透して見た。其時月はすべてが熟睡した頃とこっそり姿を現わしかけて居た。畑がほのかに明るくなりかけた。太十は動くものを認めた。彼の怒は彼の全心を掩うた。彼は後の方からそっと蚊帳を出た。尚前方を注視しつつ草履を穿くだけの余裕が其時彼の心に存在した。彼は蓆を押して外へ出た。棍棒が彼の足に触れた。彼はすぐにそれを手にした。そうしていきなり盗人に迫った。其時は既に盗ではなかった其不幸な青年は急遽其蜀黍の垣根を破って出た。体は隣の桑畑へ倒れた。太十は一歩境を越して打ち据えた。其第一撃が右の腕を斜に撲った。第二撃が其後頭を撲った。それがそこに何も支うるものがなかったならば怪我人は即死した筈である。棍棒は繁茂した桑の枝を伝いて其根株に止った。更に第三の搏撃が加えられた。そうして赤犬を撲殺した其棍棒は折れた。悪戯の犠牲になった怪我人は絶息したまま仲間の為めに其の家へ運ばれた。太十は其夜も眠らなかった。彼は疲労した。

   七

 怪我人は蘇生した。続いて脳震盪を起した。其家族は太十を告訴すると息巻いた。其間には人が立った。太十の姻戚も聚って見たが怪我人の倒れた側に
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