を向いて快げである。繊巧な模様のような葉のところどころに黄色な花が小さく開く。淡緑色の小さな玉が幾つか麦藁の上に軽く置かれた。太十は畑の隅に柱を立てて番小屋を造った。屋根は栗幹で葺いて周囲には蓆を吊った。いつしか高くなった蜀黍は其広く長い葉が絶えずざわついて稀には秋らしい風を齎した。腹の底まで凉しくする西瓜が太十の畑に転がった。太十は周囲の蜀黍に竹を縛りつけて垣根を造った。日はまだ非常に暑かった。怖る怖る首を擡げた蜀黍の穂がすぐに日に焼けた鳶色に変じ出した。太十は番小屋の穢い蚊帳へ裸でもぐった。西の空に見えた夕月がだんだん大きくなって東の空から蜀黍の垣根に出るようになって畑の西瓜もぐっと蔓を突きあげてどっしりと黄色な臀を据えた。西瓜は指で弾けば濁声を発するようになった。彼はそれを遠い市場に切り出した。昼間は壻の文造に番をさせて自分は天秤を担いで出た。後には馬を曳いて出た。文造はもう四十になった。太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十はいつも番小屋に寝た。赤も屹度番小屋の蔭に脚を投げ出して居た。
或日太十は赤がけたたましく吠えたのを聞いて午睡から醒めた。犬は其あとは吠えなかった。太十はいつでも犬に就いて注意を懈らない。彼はすぐに番小屋を出た。蜀黍の垣根の側に手拭を頬かぶりにした容子の悪い男がのっそりと立って居る。それは犬殺しで帯へ挿した棍棒を今抜こうとする瞬間であった。人なつこい犬は投げられた煎餅に尾を振りながら犬殺しの足もとに近づいて居たのである。犬殺しは太十の姿を見て一足すさった。
「何すんだ」
太十は思わず呶鳴った。
「殺すのよ」
犬殺しは太いそうして低い声で応じた。
「殺せんなら殺して見ろ」
太十はいきなり犬を引っつるように左手で抱えた。
「見やがれ殺しはぐりあるもんか」
犬殺しは毒ついて行ってしまった。太十の怒った顔は其時恐ろしかった。赤は抱かれて後足をだらりと垂れて首をすっと低くして居た。荒繩で括った麻の空袋を肩から引っ懸けた犬殺しの後姿が見えなくなってから太十は番小屋へもどった。赤は太十の手を離れるとすぐにさっきの処へ駈けていって棄てられた煎餅を噛った。太十はすぐに喚んだ。赤は長い舌で鼻を甞めながら駈けて来て前足を太十の体へ挂けて攀じのぼるようにしていつものように甘えた。夜になって文造が番小屋へ来た。それは犬殺しが何処かで赤犬の肉を註文されて狙いをつけたのだから屹度殺してやるとそこらで放言して行ったということを知らせる為めであった。文造は心底から大事と思って知らせたのであったが然し此は知らなかった方が却て太十にも犬にも幸であったのである。実際其頃は犬殺しの徘徊すべき時節ではなかった。暑い時には大切な毛皮が役に立たぬばかりでなく肉の保存も出来ないからである。太十はそれを知って居る。そうして肉の註文を受けたことが事実であるとすれば赤は到底助かれないと信じた。赤犬の肉は黴毒の患者に著しい効験があると一般に信ぜられて居るのである。太十は酷く其胸を焦した。
五
次の日に懇意な一人が太十の畑をおとずれた。彼は能く来た。そうして噺が興に乗じて来る時不器用に割った西瓜が彼等の間に置かれるのである。白い部分まで歯の跡のついた西瓜の皮が番小屋の外へ投げられた。太十は指で弾《はじ》いて見て此は甘いと自慢をいいながらもいで来ることもあった。暑い日に照られて半分は熱い西瓜でもすぐに割られるのであった。太十の鬱いで居る容子は対手にもわかった。
「おっつあんどうかしやしめえ」
対手は聞いた。太十は少時黙って居たが
「いっそのこと殺しっちまあべと思ってよ」
ぶっきら棒にいった。
「何よ」
と対手はいった。然しそれが余り突然なので対手はいつものように揶揄って見たくなった。
「まさか俺がこっちゃあるめえな」
とすぐにつけ足した。
「どうせ犬殺しの手にかけるなら自分でやっちまった方がいいと思って……」
太十は口をしがめた。
「それじゃ、おっつあん赤か、どうしたんでえまあ」
太十は犬殺しの噺をした。対手の心裏にふとそれを殺してやろうという念慮が湧いた。其肉を食おうと思ったのである。赤犬の肉は佳味いといわれて居る。それも他人の犬であったらそういう念慮も起らなかったであろうが、衷心非常な苦悩を有して居れば居る程太十の態度が可笑しいので罪のない悪い料簡がどうかすると人々の心に萠すのであった。
「殺しちまあ」
太十がいった其声は顫えて居た。犬の身に起った不幸な出来事は薄弱な太十の心を掻き乱して畢った。彼は殺すと口には断言した。然し彼の意識しない愛惜と不安とが対手に愁訴するように其声を顫わせた。殺すなといえばすぐ心が落ち付いて唯其犬が不便になったのである。然し対
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