は養子に望まれたのである。其家は代々の稼ぎ手で家も屋敷も自分のもので田畑も自分で作るだけはあった。手堅にすれば楽な身上であった。夫婦は老いて子がなかった。彼はそこへ行ってから間もなく娵をとった。其家の財産は太十の縁談を容易に成就させたのであった。

   二

 太十が四十二の秋である。彼は遠い村の姻戚へ「マチ呼バレ」といって招かれて行った。二日目の日が暮れてから帰って来た。隣村の茶店まで来た時そこには大勢が立ち塞って居るのを見た。隣村もマチであった。唄う声と三味線とが家の内から聞えて来る。彼はすぐに瞽女が泊ったのだと知った。大勢の後から爪先を立てて覗いて見ると釣ランプの下で白粉をつけた瞽女が二人三味線の調子を揃えて唄って居る。外の三四人が句切れ句切れに囃子を入れて居る。狭い店先には瞽女の膝元近くまで聞手が詰って居る。土間にも立って居る。そうして表の障子を外した閾を越えて往来まで一杯に成って居る。太十も其儘立って覗いて居た。斜に射すランプの光で唄って居る二女の顔が冴えて見える。一段畢ると家の内はがやがやと騒がしく成る。煙草の烟がランプをめぐって薄く拡がる。瞽女は危ふげな手の運びようをして撥を絃へ挿んで三味線を側へ置いてぐったりとする。耳にばかり手頼る彼等の癖として俯向き加減にして凝然とする。そうかと思うとランプを仰いで見る。死んだ網膜にも灯の光がほっかりと感ずるらしい。一人の瞽女が立ったと思うと一歩でぎっしり詰った聞手につかえる。瞽女はどこまでもあぶなげに両方の手を先へ出して足の底で探るようにして人々の間を抜けようとする。悪戯な聞手はわざと動かないで彼の前を塞ごうとする。憫な瞽女は倒れ相にしては徐に歩を運ぶ。体がへなへなとして見える。大勢はそこここから仮声を出して揶揄おうとする。こういう果敢ない態度が酷く太十の心を惹いた。大勢はまだ暫くがやがやとして居たが一人の手から白紙に包んだ纏頭が其かしらの婆さんの手に移された。瞽女は泊めた家への謝儀として先ず一段を唄う。そうして大勢の中の心あるものから纏頭を得て一くさり唄うのである。三味線の胴が復た膝にもどった。大勢は森とした。其一くさりが畢ると瞽女は絃を緩めで三味線を紺の袋へ納めた。そうして大きな荷物の側へ押しやった。大勢はまたがやがやと騒がしく成った。其時夜は深けかかって居た。人はだんだんに去って狭い店先はひっそりとした。
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