ら其夜うとうととなった。悪戯な村の若い衆が四五人其頃の闇を幸に太十の西瓜を盗もうと謀った。太十の西瓜はこれまで一つも盗まれなかったのである。彼等の手筈はこうであった。二三人は昼間見ておいた西瓜をひっ抱えてすぐ逃げる。他のものは態と太十を起して蚊帳の釣手を切って後から逃げるというのであった。太十は其夜喚んでも容易に返辞がなかった。それ故そういう悪戯さえしなかったならば翌日ただ太十の怒った顔を発見するに過ぎなかったのである。盗んだ西瓜は遙かに隔たった路傍の草の中で割られた。彼等は膝へ打ちつけて割った。そうして指の先で刳っては食った。水分があとに残って滓ばかりになっても彼等は頓着せぬ。彼等には西瓜の味よりも寧ろうまく盗んだことが愉快に思われるのである。こうして汚れた西瓜の無残な形骸が処々の草の中に発見されるのである。西瓜がなくなって雑談に耽りはじめた時
「あれ」
と一人が喫驚したようにいった。
「どうした」
「何だ」
 罪を犯した彼等は等しく耳を欹てた。其一人は頻りに帯のあたりを探って居る。
「何だ」
「どうした」
 他のものは又等しく折返して聞いた。
「銭入どうかしっちゃった」
 其の声はいたく慌てて居た。
「あれ落っことしちゃ大変だ、何処へなくしたっけかな」
 尚幾度かそこらを闇にすかしても見た。然しそこらにそれが落ちて居る理由がなかった。彼等は其夜其まま別れて畢えばまだまだ事は惹き起されなかったのである。彼は家に帰れば直ちにそれを発見したのである。彼は忘れて出たのである。其夜彼等が会合したのは全く悪戯のためであった。悪戯は更に彼等の仲間にも行われざるを得なかった。
「そりゃ畑へ落して来たぞ」
 他の一人がいった。
「どこらだんべ」
 落したと思った一人は熱心に聞いた。
「西から三番目の畝だ、おめえが大きいのを抱えた時ちゃらんと音がしたっけが其時は気がつかなかったがあれに相違ねえぞ、こっそり行って探して見ろ」
 太十が復た眠に就いたと思う頃其一人は三番目の畝を志して蜀黍の垣根をそっと破ってはいった。他のものは垣根の外でひそひそと笑いながら見て居た。蚊帳にくるまった時太十は激怒した。蚊帳の釣手を作ってまた横になったが彼は眠れない。自分にも聞かれる程波打った動悸が五分十分と経つうちにだんだん低くなって彼は漸く忌々しさを意識した。そうして彼は西瓜は赤が居ないから盗まれたと考
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