つあん、ありゃどうしたもんだべな」
「埋めてやってくろえ」
 太十はやっとそれだけいった。
「それもそうだがな、片身に皮だけはとって置いたらどうしたもんだ」
「どうでも仕てくろえ」
 蚊帳の中は依然として動かなかった。二人は用意して来た出刃で毛皮を剥きはじめた。出刃が喉から腹の中央を過ぎて走った。ぐったりとなった憐れな赤犬は熟睡した小児が母の手に衣物を脱がされるように四つの足からそうして背部へと皮がむかれた。致命の打撲傷を受けた頸のあたりはもう黒く血が凝って居た。裸にされた犬は白い歯を食いしばって目がぎろぎろとして居た。毛皮は尾からぐるぐると巻いて荒繩で括られた。そうして番小屋の日南に置かれた。太十は起きた。毛皮は耳がつんと立って丁度小さな犬が蹲って居るように見える。太十はそれが酷く不憫に見えた。彼は愁然として毛皮を手に提げて見た。
「おっつあん可哀想になったか」
と二人はいった。
「それじゃあとはおらが始末すっからな」
 棒をそこへ投げ棄てて二人は去った。血は麦藁の上にたれて居た。三次の手には荒繩で括った犬の死骸があった。太十はあとでぽさぽさとして居た。彼は毛皮を披いて見て居た。彼は思いついたように自分の家に走って木の板と鉈とを持って来た。蜀黍の垣根に括った竹の端を伐って釘を造ってそうして毛皮を其板へ貼りつけた。悲しい一日が太十の番小屋に暮れた。其夜彼は眠れなかった。妄念が止まず湧いて彼を悩ました。うとうとして居ると赤が吠えながら駈け出したように思われてはっと眼が醒めたり、鍋の破片へまけてやった味噌汁をぴしゃぴしゃと嘗めて居る音が聞えるように思われたり、自分の寝て居る床の下に赤が眠って居るように思われたりしてならなかった。彼は更に次の日の夕方生来嘗てない憤怒と悲痛と悔恨の情を湧かした。それは赤が死んだ日に例の犬殺しが隣の村で赤犬を殺して其飼主と村民の為に夥しくさいなまれて、再び此地に足踏みせぬという誓約のもとに放たれたということを聞いたからである。彼は其夜も眠らなかった。一剋である外に欠点はない彼は正直で勤勉でそうして平穏な生涯を継続して来た。殊に瞽女を知ってからというもの彼は彼の感ずる程度に於て歓楽に酔うて居た。二十年の歓楽から急転し彼は備さに其哀愁を味わねばならなくなった。一大惨劇は相尋いで起った。

   六

 夜毎に月の出は遅くなった。太十は精神の疲労か
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