まくつて客の方へ顏を半ば表はしていつた。ズツクは寒さを防ぐ爲に三方へ垂れて馬車の中を薄闇くして居る。後だけは括つた儘である。
「あなたこつちへ臀を持つて來て……さうです、さうすればいくらでも掛りますから」
 馭者は臺の右の端へ臀を据ゑて居る。其左の空席へ掛けて斜に一番鼻の客を掛けさせた。四人の客は懶相に身體を動かす。女は漸くのことで乘り込んだ。
「どうも皆さんお氣の毒さま」
 いひながら二三度顏をしがめて据らぬ臀を動かした。さうして左の袂を引つこぬく樣にして膝へ持つて來た。女はそれから頭巾をとつて車臺の外へ出して埃をぱさ/\と叩いて復たかぶつた。口が稍弓なりに上へ反つて顎のがつしりとした勝氣らしい顏である。少し雀斑《そばかす》はあるが色白な一寸人目を惹く。端の明るい處に掛けてるので小豆色の頭巾姿が引つ立つて見えた。それに人を人臭いとも思はぬげな態度は殊に車中の注目を値した。八人乘へ九人も詰め込まれたのだけれど客には若者が多いので女といふことが却て一同に興味を起させた。馭者はぴしりと一鞭當てた。馬車が急にぐらりと搖れる。
「おゝ怖い」
 態とらしく女はいつた。其途端に女の小さな荷物が馬車の外へ落ちた。
「あらまあ、どうするんだらう」
 顏には左程の驚もなく然かも聲高に不遠慮にいつた。こんな時は馬丁がすぐに飛び降りる筈であるが横着な馭者は此日馬丁を伴はなかつた。白い襟卷をした彼は
「馬車屋さん少し待つておくんなさい」
 ゆつたりと底力のある聲で馬車を留めさせた。さうして馬車から降りて其荷物をとつてやつた。女は有繋に頭巾へ一寸手を掛けて頭をさげた。さうして荷物の埃を叩いた。
「土産物でせうが壞れやしませんかね」
「何なら落した序に少し毒見しませうかね」
 先刻から女の反對の側に居て其容子ばかり見て居た三人連の電信工夫が斯う揶揄ひ出した。
「おやまあそれには及びませんよ、誰かにたんと持つて行つてあげたらようござんせうよ」
 女は濟したものである。客と客との膝はぎつしりと押しつけてあるので幾らかならず痛い。
「こりや酷いや松葉つなぎでもいゝね、姉さんとなら此上なしだが」
 工夫の一人がいつた。
「そんだがぎつしり成つてつと暖ツたかでがんすがね」
 五十格恰の手拭で頬冠をした百姓らしいのがいつた。
「それに旦那たんと乘ると車臺ががたつかねえでようがすぜ、なんちつても此の街道もま
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