九日、月曜、陰鬱、寒さ冬の如し、
水戸まで行くのではやく出なければ遲くなるだらうと母に起されて起きる、
飯をくつて居るとお天念佛の鐘鳴る、『粟餅もつてこ、粟餅もつてこ』といつて叩くのだと母がいつた、きのふは米の餅、けふは粟の菱餅を供へるのである、
燒卵、牛乳、餅二つ、
草鞋脚絆にて出立つ、途中から人力車に乘る、鼻の反つた片目の相の惡い車夫であつたが下館の入口で默つて下してしまつた、
午後○時二十分下館發車、
岩瀬驛にて下車、野村大島の二氏と婚姻の打合せをなす、二人とも媒酌人である、二時間ばかり話して三時半水戸へ、
汽車で見たもの二つ三つ、
洋服出立の男燧石にて卷煙草に火を付ける珍、窓から煎餅を買ふ爺ゆる/\と財布の紐を解く、人のことでももどかし、向き合ひに腰かけたる夫人樒柑[#「樒柑」に「ママ」の注記]の皮へ吸殼を吹く妙、
水戸に入る、梅いまさかり、
弘文社にて父に遇ふ、家を出た儘もう十日ばかりになるからけさは是非共歸らうと思つたのだが待つ人があつて果さなかつたのだといはれた、婚姻も十四日と極つて居るのだから、内も忙しいなどゝいふことを話す、弘文社に泊る、
夕飯、麥飯、豚汁、酸味つかり、
夜、橦木町に從兄を訪ふ、不在、公園に行く、春雨ちら/\としてやみまたちら/\としてやむ、梅はうすらにぼんやりと白く見えた、自分の外に人はなかつた。
十日、火曜、快晴、寒からず、
四時に目醒む、雨ざあ/\と降る、蛙鳴く、
六時起床、けさだけ冷水浴やすみ、
火鉢を擁して雜談、蛙のいま鳴くのは土中に在りて鳴くのだといふこと、鋸で鯰を捕るといふこと等、
八時二十分發車、
仙波兵庫といふ男が同室に乘込んで居た、父舊知だ相だ、代議士になつたのでみんなが不思議にして居たのである、尤も二十三年このかた選擧のたび毎に候補に立たないことがなかつたさうだ、つまり根氣で成功したのだ、しかし人物が屑なので困る、
雨がやんだ、空がはれかゝつた、笠間驛へつく、
父はこゝに下車、叔父の家へ行くのである、自分は乘りつゞける、
岩瀬で仙波は下りた、紫の褪めきつた風呂敷包と、破れた鞄とを持つて居た、
夕方にやうやく家へついた、表の廣間に妹の仕立物がならべてある、かね/″\見たいと村の者がいつて居たので女房達を呼んで見せたのだ相だ、もう大勢かへつた趾[#「趾」に「ママ」の注
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