も息をついた。思ひ/\に立つのも尚どつかと坐して居るのもある。少し茫然としつゝ余も立つた。人々と此の家の一間々々を見て歩いた。余はふと茶盆を持つたおゑんさんを遠くから人越しに見た。おゑんさんは余を見て人の間を掻き分けるやうにして來て余に茶を侑めた。おゑんさんの化粧は矢張り巧で且つ美しいのであつた。漸く人々が歸りかける。余はおゑんさんを尋ねて再び逢つた。壬生寺へ行く道を聞いた。おゑんさんはまだ狂言は見られるだらうと、此處からかう裏門を出て千本通をずつと行けばよいと懇に教へてくれた[#「教へてくれた」は底本では「教へてれた」]。余はおゑんさんのいふ通りに千本通といはれた田甫をずん/\と辿る。廓の外はすぐに田甫である。田甫へ出て外から見ると島原は只時代を帶びた地味な一廓であるに過ぎぬ。菜の花が田甫に近く續いて強い南風にゆさぶれて居る。泣き出し相に低い空が西の山々とくつゝいて薄墨をまけたやうに山々を更にぼんやりとさせて居る。山の間へ狹く平地が走つて居る。菜の花は斷續して其平地の限りにぼんやりと見える。白く乾いた田甫の地は吹き立てられて、菜種の葉が一枚々々皆白く其埃を浴びて居る。足もとの溝には水
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