、つく/″\と佗しさを感じながら其派手な模樣を見詰めて居た。下女が慌しく階子段を昇つて來た。西陣の河井さんから電話で只今伺ひますからといつて來たといつた。此の下女といふのは近在からでも傭はれて居ると見えて、田舍臭い一寸聞きとれぬことをいふ女である。余のいふことも解り憎い所があるとかいうて、自分も解らぬことをいうて能く吹き出した。罪はないが快い女ではなかつた。余は直ぐに夜具を片付けさせた。暫くたつて下女はガラスの皿につまらぬ菓子を持つて來た。さうして此邊には何處にも碌な菓子は無いのだといつて又失笑する。河井さんが來た。河井さんは自分の宅へ連れて行くから此處は直ぐに立てといつた。余は突然なのに驚いた。然し再三の勸誘に、余は其好意に從ふことにした。さうして勘定書を命じた。河井さんは今度ふとしたことで知己に成つた人である。階子段を靜かに昇つて來たのは意外にも春さんといふ女であつた。春さんは直ぐに立つといふのを聞いて、意外な顏をして去つた。さうして暫くして勘定書を持つて來た。春さんは時々帳場に坐つて居るのを見ることがある。宿の縁者であると下女から聞いて居る。十八位な可憐の少女である。余が奈良の地方へ行く前に居たのは下の部屋で、そこは有繋にさつぱりとして居た。さうして給仕番は春さんであつた。春さんは膳を運ぶ前に必ず余の都合を聞きに來た。其時は障子をそつと開けて、一寸首をかしげて物をいふのであつた。春さんは木綿着物で袖口が幾らか擦れて居た。海老茶の疎い絞りの帶を締めて、萠黄メリンスの前垂をして居る。髮はいつもちやんとして居た。春さんが朝枕元の火鉢へ火を持つて來る時に余は屹度眠から醒めた。其時春さんは能く市中の女に見るやうな紺飛白の筒袖を上張りにして居た。余はぼんやりした眼にいつも其つやゝかな髮を見上げるのであつた。宿には盲目の男の子があつて、能く電話口で大きな聲をして居るのを見た。或晩余は帳場へ用があつて行つた時、其子が頻りに主婦さんにせがんでは春さんの手に縋つて居た。春さんと風呂にはひりたいといつて居る。忙しいからといつても聞かずにせがんで居る。春さんはまだお給仕が濟まぬといつて當惑らしかつた。余が春さんといふ名を知つたのは此の時である。奈良から戻つて見ると余の部屋には何處かの商人がはひつて居た。さうして余は此の二階の汚い一間に案内されたのである。余は變な厭な心持がした。春さん
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