のであつた。さうして角屋《すみや》というて尋ねて行けといつた。西陣を出たのは午頃であつた。二條の城の附近をめぐつて、場末の汚い溝のほとりを過ぎたりして島原までは長い道程であつた。大門の前にはもう乘り捨てた人力車がごた/\して居る。大門といふのは瓦葺の古い建物で大きなものではない。其前の空地も隨つて狹いので後から/\と車は込み合うた。巡査が邪險に車夫を叱る。大門をくゞると兩側の家屋の前には棧敷が作られて道が狹められてある。棧敷は大凡余が腰のあたりまでしか無いといふ程低い。東國に生長して宮角力などに能く造られた二間梯子を挂ける棧敷ばかりを棧敷と思つた目には一寸異樣に感ぜられた。赤い毛布で飾られてもう席に就いて居る人々もある。席に就かうとする人々もある。棧敷の後の店には膳や碗や皿を忙し相に取扱つて居る店がある。それでも何處にも喧囂の響を聞かぬ。棧敷の前には更に道を狹くして低い牡丹櫻が植ゑならべられてある。花はもう過ぎかけて居る。人がぞろ/\と繰り込んで來る。余は大門から突き當つて左へ曲つていつた。角屋の玄關には印半纏の男が二三人で下足を預つて居る。客はぞろ/\と上る。余は仲居のおゑんさんを尋ねた。昨夜の婆さんがごた/\と忙しいなかを低い聲でおゑんどん/\と呼んで行つた。少時立つた儘待つて居ると婆さんは余を一室へ導いた。室の外まで行くとおゑんさんは急ぎ足で出て來た。濃い紅をした口に帶止を銜へて兩手を後へ廻して居る。一寸會釋をして帶を締め畢つた。それから帶止をぱちんと合せた。おゑんさんは地味な焦茶色の衣物である。能く見ると胸には仄かに白い紋が二つ浮んで居る。おゑんさんの白粉は極めてよく施されてある。其巧な化粧はおゑんさんを一層美しくした。おゑんさんは一寸其所を外したと思つたら、小さな盆へお茶を持つて來た。十枚ばかりの煎餠が添へられてある。余は茶を一杯啜つて何處か見物するのに善い處はないかと聞くとおゑんさんは思ひ立つたやうに余を表の大廣間へ案内した。そこには人がもう大分詰つて居る。おゑんさんは何處でもそこらに居て呉れといつて只あたふたとして居る。さうしてほんまに辛氣臭うおまつせといひ捨てゝ去つた。見物の人は余の前に四側ばかり席に就いて居る。余は暫時暇取つて居るうちに人に席をとられて畢つたのである。後から/\と席が塞つた。大廣間の後に立てられた金屏風も取拂はれた。表には丁度肘を凭
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