と共に水の中へ落ちた、
 曩きのやうに右手の麓について進む、足へぽく/\と觸はるものがある、振り囘つて見るとあとから犬が來る、犬の鼻の尖が觸はるのであつた、獵師のうちの一人が蹤いて來た、狐色の筒袖の腰きりの布子で、同じ色の股引を穿いて居る、黎黒な肌に光りのある顏の五十格恰の巖疊な親爺である、犬は遙かのさきへ行つた、
 對岸の山の中程には炭竈の煙が枯木の梢をめぐつてこちらに靡いて居る、もう程なく燒け切るといふ鹽梅に淺黄の煙である、
「此奧でしたか狸穴といふ所がありましたな、私等が貉を掘りに行つたことがありました、二匹捕つて三匹目の奴が出て來たのを、手で捉へちや喰ひ付かれるといふので木挽の斧でぶんなぐつたら、すつと引つ込んぢまつて夫れつ切り出て來ない、居るも居る三日三晩ばかり燻ぶしたがとう/\出ない、居ねえ筈は無いと思つたが辨當は無くなるし、夫れ切りで歸りましたが、腰越の獵師等がその趾を掘つて五つ捕つた相でした、穴の口から少し下つて一匹死んで居たといふ話です、
 滑川氏が獵師に話し掛けた、
「さう仰しやればあすこには幾ら居たか知れねえんです、いつかもそんなことが有つたんですが、貉といふ奴は妙な奴で、直ぐに死んだ振りをします、人がひよつと見るとごろつと轉がつて、少し見ねえ振りをして居るとそろ/\起き出して見て、又ひよつと見るとごろつと轉がつてしめえますが、手拭で喉を括つて引つ擔いで來ても騷がねえんですからをかしな奴ぢやあありませんかねどうも、
 行く/\話が途切れない、獵師の言葉は思ひの外に丁寧である、たま/\路傍に甲の落ちた炭竈がある、土は眞赤に燒け切つて居てそこら一面に粉炭が散らばつて居る、燒けた土をとつて見た、小石交りの砂目である、かういふ良い土で一つ炭竈を築いて見たいと思つた、
 綻び掛けた梅がほの白く見えるのみで、人の氣も無いやうな腰越といふ小村へ出た、上り坂になる、振り返ると小さな山々を見越して眼界は漸く濶々として來たが霞が一面に棚引いて居るので明瞭に分らない、見える筈だといふ海が灰色に空と一つである、あれが磯原の松林であるといふのが、さう思へばさう見えるといふ位に過ぎない、坂を登りつめて休んだ、足もとを見おろすと僅に麥畑が作られて、そのさきには段々の高低を成して田が形つてある、麥畑のめぐりには垣のやうに拵へた無雜作な駒除がある、放牧の馬が五六匹そここゝに餌を
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