余の指からは血が少しにじんで居た。小さな水田のある所へ出た。小山の上であるから水田といつても籾の筵を五六枚干した位しかない。荷物は其田の畦へ捨てゝ博勞の導く儘に木に縋り乍ら行くと瀑の落口へ出た。瀑は此の田の傍を走る巾二尺ばかりの流の水である。大きなしなの木が瀑の上から谷へかけて斜めにさし出て居る。小柄な博勞は猿の如くすら/\としなの木の梢にのぼつた。余もつゞいて登つて見た。二人の重量で梢はゆさ/\と搖れる。足のうらは直に深い谷で恰も宙に乘つたやうな感じである。此の深い谷の向の瀑に相對した處はさつき瀑へおりた山腹でびつしりと蕎麥の花がさいて居る。一帶に山々は蕎麥でなければ豆が作つてある。然らざれば茫々たる芒である。博勞のいふ所によると「山を墾《は》り倒いて置いて枯れた所で火を點けてそこへ蕎麥でも豆でもばらつと撒いておくのだといふことである。さう思へば蕎麥の花の中には焦げた木が所々立つて居る。宙に乘つて見おろす瀑は上部の僅かゞ見えるだけである。此の瀑は孰れにしても厄介な瀑であるといはねばならぬ。瀑を後にして行くとすぐに小さな池がある。池には太藺が茂つて其下には盥を伏せた位な小さな島の形があ
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