自分は非常に驚いた、その調子が一種のせき込んだ恨みを含んだ調子である、家のうちには竈の下にちよろ/\と火が燃えて居るのみで人のけはひもないやうである、
「きさのあま奴が、ねんとし大寶へ行く癖にはやくでもけえればいゝのに、若い衆とでもくれえそべえて居やがるんだんべ、いめえましいあま奴だ、なんにも間に合ひやしねえ、それにかつの餓鬼奴がどこへけつかツてるか、豆腐でも買つてくればいゝのに、寄ツつきやがらねえ、どうしたらよかんべえな
といふやうなことで、思ひ切つた大きな聲で呶鳴つたのであらうなどゝつまらぬことを考へながら村外れへ出る、五個《ごか》までくれば石下《いしげ》への半分道でこゝからは野路ばかりになる、常に行き馴れた間道なのである、村のなかでは暗かツたのが野らへ出ると明るくなツた、夕燒はもう殆んどあともなくなツて、月の光はいよ/\うつくしくなツた、用水の岸を辿つて行くと水の流はしら/\とひかつて見える、ころ/\ころ/\と蛄螻がしづかな鳴きやうをする、野らは至ツてひろ/″\として隈なき月は更にうつくしさが増すやうである、手近には蕎麥畑が霜の降つたやうに見えて、遙かの先きには筑波山が仄かに見られる、さうしてさツきから嶺に棚引いた白雲は依然として居るのまでがわかる、田のへりへ出ると掛稻のあたりから、鴫でゞもあらう、きゝ/\と鳴いてどこへか飛んで去つた、しばらく歩行いて居るうちにそここゝの森から田を隔てゝぽん/\ぽん/\といふ音が聞え出した、小供らが卷藁を打ち出したのである、自分がまだ幼少の時分によくしたことであるが、手頃に藁を束ねて繩でぎり/\卷いて、そいつを擔いては家々の庭へ行つて力一杯に叩きまはるのである、その叩くと共に、
「大麥小麥、三角畑の蕎麥あたれ
とみんなで聲を揃へて叫ぶのであつた、卷藁のなかへ芋がらの干したのを入れると音がいゝといつて拵へて貰つたことであつた、今叩いて居る子供等もいかに樂しいことであらうと思ツた、自分はこの卷藁の音が非常に好きで、殊に眩ゆいやうな蕎麥畑の中へ立つてこの卷藁を聞くのはなんとも云へない善い感じがするのである、こんなことを思ひ浮べながら石下へついた、石下の町ではあかりはまツかについて居る、洋燈の下で夕餉をしたゝめて居る家があつた、さうしてその家の表へ供へた机の上の團子を猫がくはへ出して、机の下のくらがりで噛ツて居るを夕餉の人々は知ら
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