女芝居のあつた莚圍ひの假小屋で芝居の折とやゝ違つて見えるのは、いくたびか雨にうたれた染分の幔幕を以て圍まれて居ることである、パチパチヽヽヽヽといふ賑かな竹刀の音とボウヽヽドンヽヽといふ法螺と太鼓の掛合ひの音とがあからさまに表へ聞えるので假小屋の近邊は何となく活氣を帶びて居る、小屋の中は角力でいへば地稽古といふ格であらう、二組の劍士が頻りに打ち合つて居る、そつちで胴を切られたかと思ふとこつちで面を取られる、まるで滅多打の姿でしばらくの退屈ふせぎには妙劑である、竹刀の打合をして居るのは小屋の中央でそこには鋸屑が一杯しきつめてある、その周りが土間で土間のうしろが棧敷である、棧敷の一方には「飛入勝手次第」と大書した張札が下つてその傍には「飛入劍士席」としてある、見物人がもう殆んど一杯になつて地稽古もだらけて來た頃道具を肩へかけた連中が木戸の方から六七人ゾロゾロと這入つて來たが「飛入劍士席」と張札のある棧敷へ一固りに腰を下した、間もなく拍子木を打つと共に地稽古の劍士は去つて場中は遽にひつそりとしたが、やがて赤革の胴を着けた上に萠黄の筒袖の羽織をはおつた年の若い男が手には軍扇を携へて出たが「これか
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