よつてそして戸袋の方にくつゝいた老梅が一株は蕾勝ちで二株は充分に開いて居る、蕾には一つつゝ露が溜つてその露が折々松葉の上に落ちる、五ひら六ひら散つた梅の花が松葉にひつゝいてるのが言ひやうのない面白さである、まだ散るのでもないのをこれは春雨が夜の間の板面であらふ、空は西の方から拭つたやうに靄が禿げて日の光が竹林の上から斜にさしかゝると溜つて居る露がかゞやいて、落ちるたびにゆら/\と搖れる、たはいもないことをするやうであるが人さし指を曲げてクロブシの上にその蕾にかゞやいてる露をとつてはまだとる、子供の時によくしたことである、こんな心持のよい朝はない、はやく起きたのが嬉しくつてたまらなかつた、即興の歌が八首、七首は立ちどころになつて終の一首はやゝ苦しんだ……
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 といふやうな塩梅だけはよく似て居るがかうして寫生文を作りはじまつた時はもはやしたゝる露はなくなつて居るのである
 さて庭といつても平凡な庭をどんなに説明したものであらふ、先つ自分の位置を定めねばなるまい、自分はテーブルに向つて椅子に偏つて居るのであるがそのテーブルの置キ所がからである、前に障子が四枚これを開け
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