れば庭でその前が門になつて居る、右手即ち西にも障子四枚これを開けば椽側からぢき書院で、書院の庭の一部分が見える、左手の方は杉帶戸で間が別である、そして障子の角が戸袋になつている、自分の寫生をしやうといふは奧の庭であるが先づ表の障子を開けて見得らるゝ間に限つて見やうと思ふが、戸袋から南へ戸の塀が三間で平氏門、それからつゝいて前の塀が二間これは表庭と奧庭との隔てゝそのへいである、
三株の老梅が一部分は戸袋にかくれて塀の上から見える、二株は蕾が殆んどなくなつて遲い一株が半は開いて居る、その枝の下に南天の木のうらが一寸出てゐる、梅の枝と平氏門のはしとが距離が二尺でその間から肉桂の梢が見える、半は梅に遮れた肉桂の上には松が二三本スーと立つ、老梅の枝の間からは大小六七本固まつた樅の木が見える、門の椽と塀の上の瓦と一尺ばかりの空虚からは桧葉の植込の一部がかすかに見られる、それから塀の小窓を透しては一寸出て居る南天が二本の幹と、老樹の一部と肉桂の下部とそこに結つてある馬塞垣と肉桂の上に立つてる松と塀と門との空虚から見える桧葉との根方が明かに見える、そして松葉の濡れたのまでがわかる、
こゝから見た所はざつとこんなものであるがこの門について少し話さうならば、これはしばらくになるが出入の大工が連れて來た見すぼらしい爺の設計である、いつもボロドテラを引つかけて居るので一見鼻持もならないのであるがその仲間には聞えた本所竪川の龜といふので磊落不覊とでもいはふか酒ばかり飮んで居る、それに女が好きといふ始末に終へない奴であるが、その女といふても長く持つて居るのではないのでいゝ加減の時になるとすいとわきへ行つて踪跡も分らないといふ、しかも七十にもなる老爺なるに至つては驚かざるを得ない。素より弟子の一人もあらふ筈がない、そんな塩梅[#「塩梅」に「ママ」の注記]だからどんな仕事を仕掛けても心に慊らないことがあればさつさと他に越いて顧ないのであるが幸に近い所に出來た婆さんにしばらく飽きが來なかつたのと、その心持を呑込んで居たのとで閊のあるやうなことはなかつたのである、しかし門の建まへを組立てる頃はとほに例の癖のために居なかつた、こんな變物がどうして世の中を渡れやうかと思ふと腕が拔群であるためにどこへ行つても珍重されるので彼はむしろ心中に苦しみがない、
も一つ言つておくのは門の左右に三兩株の風致を助け
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