青芝へ氷雨の如く打ちかゝる時に牡鹿が角を振り立てゝ此岬に突つ立つ所を想像して見た。

     九月九日

▲會津に入る
 草葺ばかりのみじめな米澤の市中は戸が漸くあいた所である。老女がまだねくたれ髮を掻かぬ姿といつてやりたいやうだ。機《はた》の聲のみが忙しく響く。
 小さな峠を一つ越えて關町といふ村で提げて來た小包を出した。郵便局といつても事務員がたつた一人しかなかつた。二三町來ると其事務員がお客さん/\といつて追ひ掛けて來た。局へ殘す筈の受領證を渡して仕舞つたから換へて呉れとお辭儀をするのであつた。あたりには白苧《しらそ》が干してある。
 又峠になる。大臼のやうな炭俵を背負つた女達がおりて來る。二尺ばかりの短い棒を手に/\持つて居る。棒を俵の尻へ當てると立つた儘に休むことが出來るのである。牛追が杓子のやうなものを杖について居るので何をするのかと聞いたら牛の腹の蠅をぺた/\と叩いた。網木の村へおりる。出羽の地もこれ限りである。溪流を引いて麻を浸した淺い池が所々にある。モツペを穿いた女どもが晒した麻の皮を扱いて居る。家がみんな荷鞍ぐしだ。荷鞍ぐしといふのは棟が千木を建てたやうになつてる
前へ 次へ
全17ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング