一行の者も皆小便をした。草の中には羊齒の葉が秀てゝ既に枯れた自然生の芍藥も交つて居る。此所からすぐに海へ出る。岸は皆削りたつた大きな巖である。斷面には縱横に切れ目があつて恰も十文字に繩を掛た大荷物が問屋の庭に積み揚げられたやうな形である。小徑は此斷崖の上をめぐりめぐつて北へ走る。一行はばら/\になつて先達に跟いて行く。左を仰いで見ると鬱蒼たる山の巓は頭に掩ひかぶさつた樣で其急峻な山の脚は恰かも物蔭から大手を開いて現はれた人が奔馬をばつたり喰ひ止めた樣に此小徑で切斷されて居る。小徑については到る所青芝と糸薄が茂つて居る。さうして糸薄の中には疎らに赤松が聳えて居る。時々鹿に逢[#「逢」は底本では「蓬」]ふことがある。山蔭に居る鹿は能く馴れては居らぬと見えて屹度逃げて行く。一つか二つか離れて居るのがひよつこり人を見ると非常に狼狽して草村を跳ねて逃げて行く。糸のやうな脚で跳ねるのがふわ/\とした綿の上でも跳ねるかと思ふ樣に見えて如何にも輕げである。驚いて逃げる時にピオウと細い聲で鳴き捨てるのである。五六匹も揃つて居るといふと躰と躰と押し合ふ樣にして或距離の所まで行くとけろつとして何時までもこち
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