の手切が出るといふ捌きになる。手切の多少で二晩や三晩はごた/\で過る。それでも古來の習慣で此の變則な黄金の威力は大抵の紛擾を解決せしめることが出來る。それが兼次とおすがの間はこんな庖丁で南瓜を割る位な手ごたへでは濟まぬ強い關係が結ばれたのである。然し此の時はまだおすがの家の傭人より外には二人の間を知るものがなかつた。暫時にして若い衆の間にそれが響いておすがを狙ふ者はなくなつた。やがて波動の如く其が村一杯に擴がつた。それでもこんなことは特別の事件が惹き起されなければ人の注意に値せぬのが一般の状態である。此の如くにして幾日は過ぎた。
 或早朝のことである。時候はまだ寒さがぬけぬ頃だ。兼次は深い心配な顏で綽名が四《よ》つ又《また》で通つて居る男の所へ來た。四つ又は豚の仲買をして小才が利くので豚での儲は隨分大きい。あれで博奕が好きでなければ身上《しんしやう》が延びるのだと評判されて居る。兼次の親爺と殊の外別懇である。
「兼ら何だえこんなに早く」
 と四つ又は聞いた。
「おらちつと頼みたくつて來たんだ。おら「ツアヽ」は短氣だから打つ殺されつかも知んねえ」
「なにして又打つ殺されるやうなことに成つ
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