立てゝ入れる。さうして穴の土を手のさきでならして先の塊をほぐす。乾いた畑に濕つた丸い穴のあとが一つづゝ殖えて行く。日光が其土をあとから/\とこまかに乾かして行く。芋の株を掘り畢つた時に兼次は鍬へついた土を草鞋の底でこき落して茶の木の株へ腰をおろした。鉢卷をとつて額を拭つて居る。小春の暖かさはちく/\と痛いやうに痒いやうに毛穴から汗がにじみ出すのである。おすがも兼次の側へ來た。うつぶしに成つて居た爲かおすがの顏もほてつて居る。村の若者が一人馬へ大根を積んで來た。若者はぱか/\と四つ脚の拍子よく走せて行く馬の後から手綱を延ばして踉いて行く。
「どうした、奴等がつかりしたか」
 兼次を見て若者はいひ捨てゝ去らうとした。兼次はそれには頓着なしに
「大根一本おいてけ」
 立ちあがりながら叫んだ。若者は
「どう/\どうよ」
 馬の口もとを止めて、ぎつしり括つた荷繩から一本引つこ拔いて
「そら二人で喰ふんだぞ」
 と兼次を目掛けて抛つた。大根は茶の木へがさりと止つた。兼次は菜刀で大根をむいて噛りはじめた。大根には幾らかの辛味はあるが兼次の乾いた喉にはそれでも佳味かつた。其所へ又一人鍬を擔いで田甫からあがつて來たものがある。
彼は兼次を見ると
「なんのざまだ奴等アハヽヽ」
 唐突に惡口をいひ出した。
「いゝから羨《やつか》むなえ」
 兼次はすぐにやり返す。
「篦棒いつまでたつても夫婦にも成れねえやうな奴等なんでやつかむかえ。親爺奴きかなけりや喉ツ首でも押してやれ。やくざな野郎だあ」
 平生惡口をいひ合うてる間柄だけに思ひ切つた憎まれ口を叩いて去つた。おすがは彼等が來た時すぐに立つてうつぶした儘さつきのやうに土の塊をほぐして芋をぼり/\とはがして居た。兼次も別に氣にするやうでもなくおすがと別のうねの芋をはがして俵へ入れはじめた。

         二

 兼次とおすがの間柄は久しいものである。それで今では拾い手のない日蔭物といふ形に成つて居る。
 百姓の間に生れた子は隨分粗末な扱ひである。お袋が畑で仕事をして居れば笠の中へ入れて畑境の卯つ木のもとへ捨てゝおく。泣いて泣いて火のついたやうに泣いても滅多に構へつけることもない位だから隨て營養も不足なのか六つ七つまでは發育の惡い子も數々あるが、手足がついたとなると容赦もなくこき使はれるので其故か十七八に成ると驚く程立派な體格を持つやうにな
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