岡の畑は空しく通過することが出來なかつた。おすがゞ五六人連で茶摘をして居る所へ引つ掛つてしまつたからである。女達は一畝《ひとうね》の茶の木を向合ひになつて手先せはしく摘んで居る。爪先の音がぷり/\と小刻に刻んで聞える。兼次は揶揄《からか》はれながら自分も茶を摘んで乘氣になつて騷いで居る。
「兼ツつあんはおすがさんげばかし贔屓しねえでおら方へも來たらよかつぺなア」
といつたのはおすがの向うに居た女である。
「ほんとだおいとさん、可笑しかつぺなア」
少し離れた方からも聲がした。
「そんぢや行くべえ」
と兼次はおいとの方へ茶の木を押し分けて行つた。
「やだよう、兼ツつあん、構アねえこんなに土だらけにして」
と泣聲を出したのはおいとの側に下枝を摘んで居た一番小さな子であつた。兼次が其子の籠へ土足を蹈込んだのである。
「駄目だよ、陽氣のせゐだよ、誰だかはどうかしてんだからなア、おいとさん」
又さつきの少し離れた方から聲がした。此は稍年増なお安であつた。
「おらげもすけたらよかつぺなア兼ツあん、摘んですけなけりや話してやつからえゝよ」
とお安は又からかふ。兼次はお安の方へ行く。
「あらまあ、兼ツつあんはこんなに小麥踏ンぢやして怒られべえな」
おいとがこんどは苦情を持ち出す。茶の木に添うては小麥の畑がある。小麥と交ざし作りの豌豆が小麥の莖にからみながら立ちあがつてしほらしい花をびつしりとつけて居る。
「そんなに摘みえゝとこばかし摘んで兼ツつあんはやだよおら、頼まねえよ」
お安がつゞいて苦情を持ち出す。兼次はお安の肩を叩く。
「おゝひでえまあ、おれことぶつ飛ばしたんだよ、誰さんことかはぶたねえんだんべえな」
「さうだんべえなァアハヽヽヽ」
みんなが一度に笑出す。おすが許りは默つて居る。こんなことで兼次は散々に暇どつた。空には雲雀が交るがはる鳴いて居る。おやぢが叱る急げ/\といふやうに喉が裂ける程鳴いて居る。それでも兼次は頓着なしに指の先の青くなるまで茶を摘んで居た。漸く氣がついた時に一散走りに走りつづけて家に歸つた。幾ら駈けても後れた時間の取り返しはつかぬ。兼次の姿が見えると親爺は
「何してけつかつた、ぶつ殺されんな」
と怒鳴つて棒を持つて飛び出した。兼次は青くなつて逃げた。若いだけに足が達者である。親爺が門へ出た時にはもう前の櫟林へ姿は隱れてしまつた。親爺は焙
前へ
次へ
全25ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング